「とりあえずは一安心だ」
ロシア極東の石油・天然ガス(LNG)開発事業「サハリン2」をめぐり、従来通りの供給というロシア側の方針が伝えられ、国内の電力・ガス業界関係者は、こう胸をなで下ろした。
とはいえ、先行きははっきり見通せない点が多く、安心している暇はない。
問題点は「出資を続けるか」と「LNGの供給が継続されるか」
サハリン2の事業は、プーチン大統領の命令で、一方的に新会社への移行が決められ、2022年8月5日に新しい運営会社が発足した。
日本側には、出資を続けるかという問題と、LNGの供給が継続されるかという問題の2つが突きつけられた。
このうち、供給についてロシアの新会社は最近、電力会社など日本の主要顧客に対し、LNGの価格や供給量を従来と同じ条件に据え置くと通知した。
ロシアのウクライナ侵攻で日露関係がギクシャクする中、新会社が条件維持を表明したことで、「サハリン2からの調達が突然、途切れる最悪の事態」(国内エネルギー関係者)は回避されたかたち。これを受け、東京ガスなど大手は再契約に向け、動きを加速している。
他方、出資については、従来から出資していた三井物産、三菱商事に対し、ロシア側からは新会社発足を受け、1か月以内に新会社に参画するか回答するよう要求されていた。
サハリン2の権益失えば「日本への打撃は計りしれない」
サハリン2は、日本のLNG輸入量の約1割を占める調達拠点だ。
日本側の出資がなくなった場合、約束通り供給される保証はない、と見るのが自然だ。しかも、他の産地に比べ価格が安いこともあり、サハリン2からの調達維持は日本にとって生命線だ。
その重要性は、ロシア政府に対する日本の対応を見れば一目瞭然だ。
ロシア側の「1か月以内に新会社に参画するか回答せよ」との要求に、関係者から「あまりに一方的だ」と反発が出たのは当然だが、日本政府は表向き、反応を示さず、慎重姿勢を貫いた。
「サハリン2は我が国のエネルギーの安定供給の観点から重要なプロジェクト。権益を維持する方針は変わらない」(松野博一官房長官)と早々に表明し、三井物産と三菱商事に対し新会社への出資に応じるよう圧力をかけ続け、両社は新会社への参画の意向を固めたと報じられている。
ある政府関係者は「ただでさえ原油などエネルギー価格が高騰する中、サハリン2の権益まで失えば、日本への打撃は計りしれない。ロシアに不満はあっても、いまはぐっと耐えるしかない」と打ち明ける。
涙ぐましい努力でサハリン2からの調達維持を引き出したものの、こうした日本の弱腰姿勢は、ロシア側に「日本にとってサハリン2がアキレス腱」であることを、強く印象付ける結果になったことは間違いない。
模索続く代替調達先...タイミング悪く、岸田首相の中東訪問取りやめ
エネルギー調達を武器に対立国に揺さぶりをかける手法はプーチン政権の常とう手段だ。欧州経済をリードするドイツが、その圧力にさらされている。
ロシア側は6月、ロシアとドイツを結ぶ海底パイプライン「ノルドストリーム」の天然ガス輸送量を突然、約4割に削減した。7月にはさらに削減量を増やし、現在は計画量の2割しか供給されていない状況だ。
ロシア側はカナダで修繕していたドイツ・シーメンス製タービンの返却が対露制裁の影響で遅れている影響だと説明しているものの、これがロシア批判を強めるドイツに対する嫌がらせであることは明白。問題のタービンは修繕を終え、すでにドイツに戻されているものの、ロシア側が書類不備を理由に受け取りを拒否し続けている。
さらに、ロシア側は8月19日、今度はパイプラインの保守点検を理由に、「ノルドストリーム」を31日から3日間にわたって停止すると発表した。今後も、何かにつけてガスの供給削減圧力を強めるとみられ、ドイツや欧州のエネルギー不安が一気に拡大している。
サハリン2もノルドストリーム同様、供給が突然、途絶えるリスクはくすぶり続ける。
日本政府もこうした事情は承知しており、ロシアに代わるLNGの新たな安定調達先確保を急いではいるが、取り組みは空回り続きのように見える。
岸田文雄首相は8月下旬に中東各国を歴訪し、得意とする外交力でLNGの新規調達につなげる戦略を描いていたが、直前に首相の新型コロナウイルス感染が判明。中東訪問は取りやめになった。
ある政府関係物は「コロナ感染は仕方がないとはいえ、タイミングがあまりに悪すぎる」と嘆く。サハリン2という「アキレス腱」を抱えた日本のエネルギー確保は、今後も難路が続きそうだ。(ジャーナリスト 白井俊郎)