「原発の新増設は想定しておりません」
これまでこう明言してきた岸田文雄首相が2022年8月24日、原子力政策の大転換を表明した。
脱炭素社会への移行を目指す政府の「グリーン・トラストフォーメーション(DX)実行会議」で、原発の新増設を検討するよう指示したのだ。
いったい何が岸田首相を「前のめり」にさせたのか。今後の問題点や課題は? 主要新聞の報道を読み解くと――。(主要新聞記事はすべて8月25日付の紙面から)
「原発依存度を減らす」と言っていたのに...
まずは、ざっとこれまでの政府の原子力政策のおさらいをしておこう。
2011年の東京電力福島第一原発事故後の2012年に政権交代した安倍晋三内閣は2014年4月、第4次エネルギー計画をまとめ、原発を「ベースロード電源」(コストが安く、昼夜を問わず安定的に発電できる電力源)としつつ、「依存度を可能な限り低減する」と明記した。
その後、2015年7月、安倍内閣は長期エネルギー需給見通しで、原発の2030年度の電源構成比率を20~22%と明記した。
菅義偉内閣もこれを踏襲。2020年10月、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言。また、安倍、菅両首相(当時)とも「現時点では原発の新増設は想定していない」と明言。
2021年10月、岸田文雄内閣は第4次エネルギー計画をまとめ、「原発の2030年度の電源構成比率を20~22%」を維持。やはり、岸田首相も「現時点では原発の新増設は想定していない」と明言していた。
ところが2022年2月、ロシアがウクライナに軍事侵攻が起きる。同年6月、骨太の方針で前年に記載した「可能な限り(原発の)依存度を低減」を削り、「最大限活用する」と明記した。
そして今回、8月24日の「グリーン・トランスフォーメーション(GX)実行会議」で、原発新増設に大きくカジを切ることになったわけだが、エネルギー政策大転換の背景には何があったのか。
「ダメ押し」になったロシアのウクライナ侵攻
朝日新聞「原発回帰前のめり」によると、こうだ。
「今回踏み込んだのは、原発を取り巻く状況が大きく変わったことがある。会議の政府側資料には『危機克服』という文言があった。ロシアがウクライナに侵攻し原油や天然ガスが高騰。ガソリンや電気料金が値上がりし家計を圧迫した。エネルギーを輸入に頼る日本のもろさが意識され、原発推進の声が一部で高まった。
脱炭素の流れも強まる。電力会社は火力発電所への投資には消極的で、発電能力が不足がちになっていった。今年3月には東電や東北電管内に初めて戦力需給ひっ迫警報が出た。政府は今夏、全国的な節電を要請し、冬に向けて消費者の不安が広がっていった」
そして、首相官邸幹部は朝日新聞記者にこう語ったと書かれている。
「脱炭素の流れのなかで2、3年前から電力需給は厳しい状況だった。ダメ押しとなったのがウクライナ侵攻だ」
一方、ロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギー危機に苦しむ欧州にも「原発回帰」の動きが広まっている。
日本経済新聞「電力確保・脱炭素へ選択 エネ確保、活用にカジ」がこう伝える。
「欧州ではエネルギー安全保障の観点から原発の活用にカジを切る国が増えた。英国は2030年までに最大8基を新設する方針を掲げた。フランスも50年に向けて大型原発を最大14基建設する方向だ」
そして、日本の状況も欧州と共通点があるという。
「LNG(液化天然ガス)輸入のうち1割ほどがロシアからだ。日本の商社が出資するLNG開発事業『サハリン2』から有利な価格で調達しているが、ロシア次第で供給が途絶する恐れがある」
ロシアに依存するこの状況は、経済安全保障の観点からも危険だというわけだ。
次世代型原子炉、まだ技術が発展途上
しかし、原発新増設や既存の原発の再稼働には多くの課題と問題点が山積みしている。そもそも政策の大転換を実現できるのか、疑問が多いと指摘するのは東京新聞「原発政策転換 実現に疑問」である。
同紙によると、主な課題は以下の3点だ。
(1)次世代型原子炉、技術が未確立
今回、新増設を検討するのは既存の原発ではなく、事故対策が改良された原発や小型原子炉などの次世代型。だが、これら次世代型の多くは海外で実証試験などの段階で、商業発電として確立したとは言いがたい。
ある電力会社関係者は「既存原発の再稼働もままならない状況なのに、新型の原子炉を建設する余力はない。まずは今の原発の運転を重ね、技術力を戻すのが先だ」と首をかしげた。
(2)既存原発の運転期間延長、規制委が地震を懸念
政府は、原発の運転期間を原則40年から60年超への延長を求めているが、それには法改正が必要になる可能性も。原子力規制委員会規制委の更田豊志委員長は8月24日の記者会見で「技術的に詳細な議論が必要」と述べた。
米国では80年の運転が認められているが、更田委員長は「日本は地震が多く、海外に引きずられるべきではない」とくぎを刺した。
(3)既存原発の再稼働、地元に強い反対論
政府は、原発の新規制基準に適合したものの、再稼働にこぎつけていない5原発7基を来年再稼働させる目標を設定した。そのうち、東電柏崎刈羽原発(新潟県)はテロ対策の不備を受け、原発推進に前向きな自民党県議からも「東電に運転してほしくない」との声が漏れ、不信感は根強い。
日本原子力発電東海第二原発(茨城県)は、避難計画の策定が義務づけられる30キロ圏内に全国最多の90万人超が住み、計画作りが難航を極める。策定できたのは、14市町村のうち5市町だけ。そのうえ、水戸地裁は昨年3月、避難計画の実効性に問題があるとして運転差し止めを命じた。
こういったありさまで、政府目標の1年余りのうちに両原発が稼働できる可能性はほぼない。
産経と日経社説「方針の転換を歓迎」と評価
政府のエネルギー政策大転換は、主要新聞の社説でも賛否が分かれている。
いち早く「賛成」の立場を表明したのは産経新聞「【主張】原発新増設の容認 方針の大転換を歓迎する」だ。
「政府はこれまで、原発の新増設や建て替え(リプレース)をめぐっては想定していないとの立場を重ねて示してきた。次世代の原発の建設は、こうした方針を大きく見直すものである。首相の判断を歓迎する。
また、深刻な電力不足に対応し、首相は来年以降に新たに7基の既存原発の再稼働を目指す考えも表明した。こうした原発の早期再稼働は、東日本の電力供給に不可欠だ。原子力規制委員会の安全審査に合格しながら、地元の同意が得られていない原発について、政府が前面に立って再稼働への理解を求めることが必要だ」
と、特に東日本の電力不足の危機を強調している。そして、
「来年以降には7原発の追加再稼働も目指す。この中には、地元が再稼働に同意していない東京電力の柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)や日本原子力発電の東海第二原発(茨城県)も含まれる。
これまで国内では、規制委の安全審査に合格して10基の原発が再稼働を果たしている。ただ、これらはすべて西日本に位置し、原発が稼働していない東日本では電力不足が深刻化している。政府が早期の追加再稼働を主導し、電力の安定供給に努めてほしい」
と訴えた。
日本経済新聞の「社説:原発新増設は安全重視で着実に進めよ」も岸田首相の「現実的な判断」を歓迎した。
「(原発)新増設に関して、政府はこれまで議論すら避けてきた。しかし、温暖化ガス削減とエネルギー安定供給を両立させるうえで、原発の役割は無視できない。
国内に原子炉は33基あるが、現在稼働中なのは6基だけだ。太陽光など再生可能エネルギーの導入は拡大しているが、それだけでは電力需要を賄いきれない。
温暖化ガスの排出が多い石炭火力も増やしづらい。今年3月には寒さと雪の影響で、6月には異常高温のために、首都圏などで電力需給が綱渡り状態となった。(中略)
まず、安全審査を通った17基すべてを早期に動かす必要がある。避難計画づくりの難航やテロ対策をめぐる電力会社の不祥事が再稼働を遅らせており、政府が前面に立って信頼回復と事態の打開に努めるべきだ」
安全審査に厳しい原子力規制員会には、注文をつけた。
「原子炉等規制法は運転期間を原則40年と定め、一度だけ20年間延長できるとしている。延長しても2040年以降は使える原発が大幅に減る。もともと運転期間に科学的根拠はない。多くの原子炉は主要な機器や部品を交換ずみであり、実質的な安全性を重視した柔軟な対応を検討すべきだ」
そのうえで、
「政府は原発を推進する根拠を丁寧に説明する必要がある。使用済み核燃料を地下深くに埋める地層処分や、核燃料サイクルのあり方など、未解決の問題も放置してはならない」
と、政府に国民に理解を求める努力を期待した。
毎日社説「福島の事故を忘れたのか」と批判
一方、「福島の事故を忘れたのか」と真っ向から「反対」を表明したのは毎日新聞「社説:原発新増設へ方針転換 福島の反省を忘れたのか」だ。
「今回の方針転換には疑問が多い。政府のエネルギー基本計画は、原発の新増設・リプレース(建て替え)」に言及していない。国民の理解を得るための議論を欠いたまま唐突に打ち出された形だ。
次世代原発は、従来の原発よりも耐震性を強化し、炉心を冷却する手段を増やすなど安全性を高めたものだというが、事故のリスクはゼロではない」
疑問を投げかけたうえで、核廃棄物の問題を放置したままの原発新増設をこう批判した。
「『核のごみ』と呼ばれる原発運転後に発生する高レベル放射性廃棄物の処分方法についても、見通しは立たないままだ。
日本は福島の事故で、エネルギー供給を原発に依存する危うさを学んだはずだ。ひとたび事故やトラブルが起きれば、影響は甚大で、長期に及ぶ。
原発回帰が安定供給につながるとは限らない。再生可能エネルギーを含めた多様な供給源を構築すべきだ。福島の事故以降、原発の安全性への不安は根強く残る。国民不在の方針転換は、政治への信頼を失わせるだけだ」
専門家も「議論必要」「100年の計がおろそか」と賛否
専門家の間でも賛否は分かれる。
日本エネルギー経済研究所常務理事の山下ゆかり氏は、朝日新聞紙上で「エネルギー確保、議論急務」と賛意を示し、
「政府はこれまで、将来的にエネルギー政策に原子力をどう位置付けるかをあいまいにしてきた。原発依存度を低減すると言いつつ、必要な規模を持続的に活用するという方針は、ブレーキを踏みながら車を加速させるようなもので、やや矛盾した表現だった」
と、政府の方針転換を評価した。そのうえで、
「資源に乏しい日本の戦略の根本は、いかに安定供給を確保するかだ。(中略)ウクライナ危機を受け、この原点に立ち返った考えた場合、原子力というオプションをあいまいにしていいのか。新しい技術も俎上にのせ、新増設やリプレースの是非を議論することは重要だ」
また、経済界にとっても大きな影響があるという。
「原発関連の技術を維持してきた企業にとっても力強いシグナルになる。かつて業界を支えた技術者は引退のする時期にさしかかっているが、これから研究者をめざす学生にとって就職先や研究技術を磨く場が確保されるという展望が開けた」
一方、龍谷大学教授(環境経済学)の大島堅一氏は、毎日新聞紙上で「突然の方針転換、乱暴」だと反対の立場を表明した。
「政府は昨秋、国のエネルギー中長期方針を見直したばかり。十分な検討をした形跡もないままに、ウクライナ危機による電力ひっ迫などを理由に1つの会議で突然、方針を覆す手法はあまりに乱暴だ」
と、批判したうえで、電力業界の発展のためにも問題があるとした。
「今回の会議では、原発を活用しやすくする『事業環境整備』の検討方針も示された。要は政府による電力会社に対する補助制度だ。対象になるのは事実上、原発を手がける大手だけになる。新規参入した電力会社との格差が広がり、市場をゆがめかねない」
そして、短期的な資源価格の変動だけで「100年の計」をおろそかにしていいのかと、こう訴えたのだった。
「原発は建設から稼働、廃炉完了まで約100年かかる。短期で変動する足元の資源価格をもとにした判断は、再生可能エネルギーの普及など他の投資への選択肢を狭めてしまう。
新規稼働までの時間を考えれば、脱炭素への貢献も限定的だ。放射性廃棄物の処分など解決が必要な課題も多く、活用拡大は慎重に判断するべきだ」
(福田和郎)