元伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎さんの新刊タイトルを見て驚いた。「会社がなくなる!」(講談社現代新書)。えっ! どういうこと?
しかも、サブタイトルが「これから始まる『大企業の中小企業化』に備えよ!」。ようは、私たちがこれまで「会社」と呼んでいたものは、その中身を大きく変えつつあるということらしい。
ウイズコロナ社会、資本主義の変遷などのテーマに沿いながら、正面から「会社」を論じた本である。
「会社がなくなる!」(丹羽宇一郎著)講談社現代新書
丹羽さんは1939年愛知県生まれ。1998年、伊藤忠商事の社長に就任。99年、約4000億円の不良資産を一括処理し、翌年度の決算で同社史上最高益(当時)を記録した。2004年、会長に就任。2010年、民間出身では初の駐中国大使に就任。
現在、公益社団法人日本中国友好協会会長などを務める。読書家としても知られ、著書も「仕事と心の流儀」「部長って何だ!」など多数ある。
すぐそこにある「コロナ以上の危機」を忘れてはいけない
書き出しでは、「こんな世の中で自分の会社は今のままやっていけるのだろうか」という問いに、「やっていけません」と明快に答えている。
新型コロナウイルスの感染拡大、地球温暖化がもたらす自然災害、巨大地震発生の可能性......。何が起きてもおかしくない時代。「会社」という従来の名前やかたちにとらわれている限り、いずれ時代の波にのまれて淘汰されていくことは確かだという。
コロナ危機は、「命かカネか」という二者択一を迫った、と丹羽さんは考えている。国の指導者に国民の多くが不信感を抱くようになり、「誰も信用できない」ということを知ったのが収穫といえば収穫だ、と皮肉っている。
今回のパンデミックで、世界経済は大きな打撃を受けた。その結果、「コロナでグローバリゼーションは敗北した」という識者がいるが、丹羽さんは真っ向から否定する。
グローバリゼーションは、世界史の必然的な流れであり、その潮流を推し止めることはできないからだという。そして、コロナ禍が終息すれば、また集まってモノや情報を交換し、一緒に何かやろうと動き出すのが人類の習性だ、と。
むしろ日本の場合、すぐそこにある「コロナ以上の危機」を忘れてはいけない、と警告する。それは、巨大地震だ。首都直下地震は「今後30年の間に70%の確率で起きる」と言われて以来、10年が過ぎた。いまやいつ起きても不思議ではない。
また、「南海トラフ地震」も同様の確率で起きると予測され、首都圏から九州まで6000万人が被災すると試算されている。会社の存続、成長を考えた時、こうした危機を考慮に入れざるを得ない時代に私たちは入っているというのだ。
生き延びるには、「人間」が変わらなければならない、というのが丹羽さんの結論だ。
「私たちはコロナ危機によってコロナ以上の恐怖に目覚め、自分の原点、会社の原点、この国の原点、人類の原点を見つめ直す機会を与えられたのです」
「ステークホルダー資本主義」への転換進む
このような本質的な思考回路の持ち主である丹羽さんには、「会社」にまつわるさまざまな「まやかし」が許せない。
第1章では、「SDGs」「ESG」の看板にだまされるな、と警告している。「クリーンなエネルギーを」「脱炭素」などのコミットメントを掲げる会社が増えているが、その多くはお題目に終始し、具体的な活動に落とし込んでいる会社は少ない、と見ている。
1999年頃、環境対策に積極的な企業を株式投資で応援する「エコファンド」がブームになったが、尻すぼみになったという。ようするに、これまでやってきたことが「SDGs」「ESG」と呼び名が変わっただけだ、と冷ややかだ。
この章では、資本主義の変化についても論じている。
アメリカでも株主第一主義を見直す動きが出てきたそうだ。そして、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主、すべてのステークホルダーに利益をもたらすのが企業の目的だとする、「ステークホルダー資本主義」への転換が起ころうとしているという。
丹羽さんは、実はステークホルダー資本主義ははるか以前に存在していた企業モデルで、アダム・スミスの経済思想にすでに見てとれる、と指摘している。
また、日本には近江商人に受け継がれている「三方よし」(買い手よし、売り手よし、世間よし)の商売哲学があり、CSR(企業の社会的責任)の視点を先取りしていた、と考えている。
中小企業が競争力を持つ時代が来る
さて、サブタイトルの「大企業の中小企業化」だが、多品種少量生産の時代になり、独自のデバイスを開発する中小企業が競争力を持つというのだ。
たとえば、自動車産業も電気自動車(EV)が普及すれば、「組み立て産業」化し、他業種からの参入も可能になるという。また、経費の削減のため、大企業は部署をどんどん子会社化している。
これからの20~30年は「大企業の中小企業化」が進み、ある臨界点に達したところで再び「中小企業の大企業化」が始まる、と考えている。資本主義はそうやって進化しているように見えて、同様のことを繰り返し、反復しつつも進化しているというのだ。
「まやかし」と言えば、「社外取締役のウソ」という項目で、かたちばかりの社外取締役を厳しく、批判している。「社外取締役で業績は上がったのか検証せよ」とも。ガバナンス(企業統治)強化に取り組んでいる姿勢を見せるための「飾りつけ」に多額の報酬を払っているケースが少なくないという。
駐中国大使を経験した「中国通」だけに、米中関係にも1章割いている。そこでの結論は、「米中は共存共栄せざるを得ない」。だから、日本は「経済安全保障の視点からずる賢く立ち回れ」というものだ。
Z世代への期待も語っている。
タテ型社会を変え、上も下もない、自由と公平な会社、社会をつくってほしい、とエールをおくっていた。コロナ禍はそうした異なる社会を構築するきっかけにならないか、千載一遇のチャンスに遭遇している、と見ている。
会社経営と読書で鍛えた独自の視点が展開されている。「変わる勇気と覚悟を持った組織だけが生き残り、これからの世界を支配する」という丹羽さんの結論は、読む人に奮起を促すはずだ。
(渡辺淳悦)
「会社がなくなる!」
丹羽宇一郎著
講談社現代新書
924円(税込)