最低賃金引き上げ「31円」過去最大!と言われても...エコノミスト指摘「それより社員教育充実を」「日本の将来に自信を持たせよ」

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   「喜んでいいのか、それとも......」。今年の最低賃金の引き上げ額が物価高を反映して過去最大となった。ただ、それだけ引き上げても十分な賃金とはいえず、働く人には不満が残る。

   一方、使用者側、特に中小零細企業にとっては、コスト増を価格に転嫁できないところに人件費増が加わり、経営圧迫は避けられない。

   いったい、ニッポン経済はどうなるのか。エコノミストの見方はどうか――。

  • 最低賃金が上がり、人々の暮らしはよくなるのか(写真はイメージ)
    最低賃金が上がり、人々の暮らしはよくなるのか(写真はイメージ)
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政府主導の「官製引き上げ」に企業側が抵抗

   厚生労働省の中央最低賃金審議会小委員会は8月1日、2022年度の最低賃金(時給)の目安を全国加重平均で961円にすると決めた。前年度比の上げ幅は31円と過去最大の伸び率(3.3%)になった。

   物価上昇による家計の負担増を考慮した結果だが、企業は賃上げに必要な利益をあげるために生産性の向上を迫られる。

   厚生労働省の中央最低賃金審議会の公式サイト(令和4年度地域別最低賃金額改定の目安について)や報道をまとめると、現在の全国加重平均は930円。今後、各都道府県の審議会が目安額をもとに実額を決め、実際に全国各地の改定額が決まるのは今年10月頃となる。

   引き上げ額の目安は、47都道府県を経済情勢に応じて分けたA~D地域のランクごとに示している=図表参照。東京都、大阪府、千葉県など6都府県にあたるA地域が31円。京都府、兵庫県、広島県など11府県のBが31円、北海道、宮城県、群馬県など14道県のCが30円、青森県、福島県、沖縄県など16県のDが30円となった。

(図表)中央最低賃金審議会の答申のポイント(厚生労働省の公式サイトより)
(図表)中央最低賃金審議会の答申のポイント(厚生労働省の公式サイトより)

   最低賃金は企業が支払うべき賃金の最低水準を示し、それを下回る賃金しか払わない使用者には、法律で50万円以下の罰金が科せられる。現在、一番高い東京都では1041円、一番低い高知県と沖縄県では820円だ。

   今回、目安額を決めた中央最低賃金審議会は、労使代表と公益代表としての学者らで構成する。引き上げ額は、小委員会で労使公3者が議論を尽くして決めるのが原則だが、近年は政府が強く介入し、年3%程度の引き上げが続いていた。今回も政府は「できる限り早期に全国加重平均1000円以上を目指す」との目標を掲げていた。

   しかし、物価高を受けて大幅な引き上げを求める労働側委員に対し、使用者側委員は、特に下請けの中小零細企業が物価高によるコスト増を製品価格に転嫁できないでいると大幅な引き上げに激しく抵抗した。

   当初は7月25日の会合で引き上げ額が決まるはずだったが、労使の隔たりが大きく、議論が1週間中断。この間、異例の根回しが行われたとされ、最終的に労使双方が公益委員の提示に沿って折り合うかたちとなった。

社員教育充実で生産性向上を

31円アップって...実質賃金が下がってはなあ(写真はイメージ)
31円アップって...実質賃金が下がってはなあ(写真はイメージ)

   今回の最低賃金の引き上げ劇、エコノミストら専門家はどう見ているのか。

   日本経済新聞(8月1日付)「最低賃金31円上げ961円 全国平均、物価高で上げ幅最大」という記事につくThink欄「ひと口解説コーナー」では、学習院大学経済学部の鈴木亘教授(社会保障論)が、「労働者全体の賃金引き上げは日本経済にとって最重要課題の一つであるが、最低賃金を政策的に引き上げて、全体の賃金引き上げを図ろうというのは、政策的に間違っており、効果も期待できない」と厳しく指摘。そのうえで、

「賃金の原資となる成長のパイを確保し、リカレント教育やデジタル化の推進などで、労働生産性を引き上げることこそが本筋である。(対象になる)低所得のワーキングプア対策は、市場で決まる賃金を政策的に歪めるのではなく、ピンポイントで低所得者に限った分配政策で対応すべきである。最低賃金を大幅に引き上げ、経営が苦しくなる中小企業に補助金をばらまくというマッチポンプはもうそろそろ卒業しなければならない」

と、政府が最低賃金決定に介入することを批判した。

   また、同欄では日本経済新聞社編集委員の石塚由紀夫記者も、企業の人材教育の必要性を取りあげた。

「最低賃金は、非正規雇用の問題でもあります。同じ仕事をしていても、雇用区分が異なるだけで正社員よりも労働が安く買い叩かれる――そんな労働慣習が根っこにあるからです。諸外国は、仕事が同じなら同じ賃金を支払うという同一労働同一賃金の思想があるため、自然と最低賃金も上振れします」

こうした海外のケースを紹介したうえで、

「企業は(中略)正社員に比べて、(非正規雇用の)人材育成にコストをかけません。賃金アップには生産性の向上が不可欠です。ならば生産性向上のために、非正規雇用者に対しても資金と時間を投じて、きちんと人材育成することが大切です。非正規であっても潜在能力は正社員と遜色ないのですから」

と訴えたのだった。

企業が景気の先行き、日本の将来に自信持てるかがカギ

年収はどんどん上がってほしい...(写真はイメージ)
年収はどんどん上がってほしい...(写真はイメージ)

   また、ヤフーニュースのヤフコメ欄では、法政大学大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)は、自民党に接近しているといわれる労働団体・連合の芳野友子会長を念頭に置いてのことだろう、

「最低賃金の過去最大の上げ幅は、一方では、これまでの安倍政権、菅政権の政策を踏襲したものということができる。他方では、政府自民党と連合との関係の変化も影響していないとはいえないだろう。そうした意味では、政治的な影響を受けたものといってもよいかもしれない」

と指摘した。そして、

「こうした過去最大の上げ幅は、企業に対して今後大きな負担を強いるものなのかもしれない。(中略)特に、飲食業や、旅行業などコロナの影響を大きく受けた業界の実態を反映しているものなのかどうか、気になるところである。そうした業界に対して、何らかの政府の対策も必要なのかもしれない」

と、政府の対策に期待した。

   同じく同欄では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の小林真一郎氏も、企業側の負担増に懸念を示している。

「消費者の立場からは、物価が上昇している中での最低賃金の大幅引き上げは生活防衛の観点から歓迎すべき結果です。また、来年の春闘でのベースアップを促す要因になると考えられ、正社員にとっても朗報です」

と評価したものの、一方では、

「企業が(人件費増によって)雇用の増加や維持を諦め、業務の縮小、撤退を選べば、景気を悪化させることになります。結局は、企業が賃上げと値上げを上手くバランスさせられるかどうかになりますが、両者を同時に実施できるような前向きな循環が生じるためには、企業が景気の先行きや日本の将来に自信を持てるかどうかにかかっているといえ、政府にはそうした環境の整備が求められます」

として、政府にいっそうの成長戦略と景気対策を求めている。

(福田和郎)

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