「視覚障がいの方が、初めていく場所でも一人で歩ける世界を実現したい!」
自動運転技術やロボット開発で存在感を発揮してきたZMP(東京都文京区)が、視覚障がいの方向けの歩行サポートアプリ「EYECAN(R)(アイキャン(R))」を開発して話題を集めている。
障害物を検知して音声で知らせ、GPSより精度の高い位置情報を用いて目的地まで正確にナビゲートするという「EYECAN」は2022年9月にベータ版を先行リリースし、年内のサービス開始を目指している。
そんな注目のアプリの開発秘話について、ZMP代表取締役社長の谷口恒(たにぐち・ひさし)さんに話をうかがった。
ヒトとモノの移動を自由に
――まずは「EYECAN」の開発秘話に先立ち、ZMPのこと、事業内容や主力製品について教えてください。
谷口恒さん「もともとZMPは、家庭向け二足歩行ロボットの開発・販売を手掛けていました。文部科学省傘下の研究所から、二足歩行の人型ロボット『PINO(R)(ピノ)』の技術移転を受けるかたちでスタートしています。
社名のZMPとはゼロ・モーメント・ポイントの略で、これは動力学的な重心位置のことを意味しています。二足歩行ロボットはZMPの原理なくして、『歩く』ことはできません。それにちなんで、ロボット分野において、それだけ重要な存在になりたい、という願いを込めて2001年に会社を設立しました。二足歩行ロボットが、私たちの生活に取り入れられていく――そんな世の中を目指していました」
――二足歩行ロボットの分野で注目されたZMPでしたが、いまは自動運転技術で存在感を発揮していますね。
谷口さん「はい。転機になったのはリーマンショックでした。資金面のことなどもあって、それを機に、事業の方向性がB to CからB to Bを意識するようになりました。そのとき、二足歩行ロボット開発で培った、人が操作しなくても、ロボット自体が移動する『自律移動』の技術を生かせる分野として、自動運転技術や自動車産業に着目。そして2009年、自動運転車両『RoboCar(ロボカー)』シリーズの販売を開始しました。自動運転技術は、現在の事業の核となっています」
谷口さん「2016年には、自動運転技術を活用した物流支援ロボット『CarriRo(R)(キャリロ)』を販売。いま、物流の倉庫・工場でモノの移動に役立てられています。
私としては、倉庫・工場の次は、『自宅までモノを届けるロボット』を手掛けたい、と思っていました。そこで次に登場したのが、モノを届ける宅配ロボット『DeliRo(R)(デリロ(R))』です。そして、一人乗りの歩行速モビリティ(R)『RakuRo(R)(ラクロ(R))』、自動運転警備ロボット『PATORO(R)(パトロ(R))』と続き、これら『歩行速ロボ(R)三兄弟』は、いま売り出し中です。
会社設立時の志から変わらず、ロボットと共に生活するロボットライフの実現を目指しています。会社のミッションとして『Robot of Everything ヒトとモノの移動を自由にし、楽しく便利なライフスタイルを創造する』ことを掲げています」
なぜデリロ、ラクロ、パトロには「目」があるのか?
――それにしても、デリロ、ラクロ、パトロ......いずれも「目」が特長ですね。
谷口さん「そうなんです。ラクロはやさしく、やわらかい表情。モノを運ぶデリロは俊敏なイメージの目。警備ロボのパトロは、キリっとした表情です。歩行速ロボ三兄弟とも目が動いて、喜怒哀楽(怒はパトロだけですが)を表現します。また、声(音声)を出して周囲の人とコミュニケーションをとることができるのも特徴です。
それで、どうして『目』なのか――。
流行りのデザインでいえば、シンプル、クールなものが多いと思います。ところが、街中を移動するロボットが、シンプル、クールだったら、みなさんはどう思うでしょうか。言ってしまえば、金属の塊ですし、危ない、邪魔だ、と思われてしまうものです」
谷口さん「実は、試作段階では1年くらい、おしゃれな、かわいらしいロボットをつくっていました。そして、試作機が完成すると、街中で動かして実験してみるのですが、人に避けてもらう場面がけっこうありました。その都度、申し訳ないな、という気持ちになったのです。そういうとき、ロボットが行く方向を示したり、『こんにちは』『ありがとう』とあいさつしたりできたらいいなと、観察しながら気づきました。
そこで、目をつけることで、ロボットが進む方向を示すことにしたのです。面白いから、という理由だけで目を入れているわけではありません(笑)。目があることで、人間同士のアイコンタクトのように、ロボットがどこに行こうとしているか、視覚的にわかりやすくしているのです。
また、歩行速ロボ三兄弟を、街の中のみなさんに認めてもらえる、共感してもらえる。そして、街の新しい仲間として受け入れてもらいたい、と考えていました。そのためにも、目や、声(音声)によるコミュニケーションは欠かせません」
「ラクロ」試乗中、「気づき」を得た印象的な出来事
――ありがとうございます。それでは、自動運転技術に強みを持つZMPが今回、視覚障がいの方向けの歩行サポートのスマートフォンアプリ「EYECAN」を開発したきっかけ、背景を教えてください。
谷口さん「印象的な出来事がありました。それは、コロナ禍の2020年9月、『いま、一番困っているのは、身近な人たちだ』と気づいて、私の生活基盤がある東京の佃・月島エリアの住民向けに『ラクロ』のシェアリングサービスを企画したことが発端でした。
その準備中、私自身が『ラクロ』に乗って、安全性を確認しました。すると突然、『ラクロ』が違う方向に進み、あわてて非常停止ボタンを押したことがありました。持ち帰って解析すると、ソフトウェアのバグでした。自動運転技術のポイントである『自己位置推定』――ようするに、いま自分がどこにいるかを各種情報から推定し、把握することがうまく機能していなかったことが原因でした。このバグは、エンジニアがすぐに修正しましたけれど......」
――そういうことがあったのですね。
谷口さん「それでその時、ふと思い出したのが、視覚障がいの方のことでした。ZMPでは、以前から、視覚障がいの方との接点があります。2013年の東京モーターショーでは『ロボカー』の試乗にお招きしたり、『ラクロ』開発時もアドバイスをいただいたりしていたのです。こうした取り組みは、いわゆる健常者も障がいをもつ方も、みんなが使いやすいモノをつくりたい、という思いがあってのことでした」
――それでこそのユニバーサルデザインですからね。
谷口さん「そうですね。以前、視覚障がいの方のご苦労をうかがったこともありました。そのときの話では、視覚障がいの方の頭の中には『マップ』があるらしいのです。そして、歩数をカウントしながら歩いていて、何歩行ったら何度、どちら方向に曲がるかがインプットされている、と聞きました。ただ、困るのは、人にぶつかったとき。カウントしていた歩数や行きたいと思っていた方向が、ぶつかった途端、わからなくなってしまう。すると、たとえば駅での転落事故につながってしまうようなのです」
谷口さん「前置きが長くなってしまいましたが、そういう話を知っていたことと、『ラクロ』のバグのことが結びついて、ひらめくものがありました。
さきほどの自己位置推定を誤った『ラクロ』は、人に例えたら、視覚障がいの方と同じく、目が見えない状況だったのではないか、と。一方で、視覚障がいの方がカウントしていた歩数を妨げられ、場所がわからなくなってしまうのは、ロボットに例えたら、自己位置推定の誤り、と言い換えられるのでは......そう思ったのです。
ということはもしかしたら、ロボットに必要な自己位置推定をおこなうための技術(自動運転技術)は、視覚障がいの方の歩行サポートに活かせるのではないか、と気づいたのです。
それから、スマートフォンアプリとして展開できないかと考え、『EYECAN』と名付けたプロジェクトがスタートするのです」
「EYECAN」プロジェクトは、筑波技術大学と連携して進めることになりました。筑波技術大学は、聴覚・視覚に障害を持つ人を対象とした日本国内唯一の国立大学。協働するメンバーのみなさんの期待も大きかったそうです。
さらなる開発秘話は<初めて行く場所も、これなら安心...視覚障がいの方、期待のアプリ「EYECAN」開発秘話 ポイントは自動運転技術【後編】/ZMP社長・谷口恒さんに聞く>に続きます。
【後編】では、谷口さんが働くうえで大事にしている姿勢、大切にしている言葉もうかがいました。こちらも注目です!
【プロフィール】
谷口恒(たにぐち・ひさし)
株式会社ZMP 代表取締役社長
1964年兵庫県生まれ。制御機器メーカー、商社、ネットコンテンツ会社の起業などを経て、2001年ZMPを創業。家庭向け二足歩行ロボットや音楽ロボットを展開したのち、2009年自動車分野へ進出、自動運転車両『RoboCar(ロボカー)』を開発・販売。以来、自動運転技術で存在感を発揮してきた。ほかに、物流支援ロボット「CarriRo(キャリロ)」のほか、宅配ロボット「DeliRo(デリロ)」、一人乗りの歩行速モビリティ「RakuRo(ラクロ)」、自動運転警備ロボット「PATORO(パトロ)」などのロボットを手掛ける。ロボットベンチャーの先駆者として、唯一無二の存在であり続けることを目指している。