「ラクロ」試乗中、「気づき」を得た印象的な出来事
――ありがとうございます。それでは、自動運転技術に強みを持つZMPが今回、視覚障がいの方向けの歩行サポートのスマートフォンアプリ「EYECAN」を開発したきっかけ、背景を教えてください。
谷口さん「印象的な出来事がありました。それは、コロナ禍の2020年9月、『いま、一番困っているのは、身近な人たちだ』と気づいて、私の生活基盤がある東京の佃・月島エリアの住民向けに『ラクロ』のシェアリングサービスを企画したことが発端でした。
その準備中、私自身が『ラクロ』に乗って、安全性を確認しました。すると突然、『ラクロ』が違う方向に進み、あわてて非常停止ボタンを押したことがありました。持ち帰って解析すると、ソフトウェアのバグでした。自動運転技術のポイントである『自己位置推定』――ようするに、いま自分がどこにいるかを各種情報から推定し、把握することがうまく機能していなかったことが原因でした。このバグは、エンジニアがすぐに修正しましたけれど......」
――そういうことがあったのですね。
谷口さん「それでその時、ふと思い出したのが、視覚障がいの方のことでした。ZMPでは、以前から、視覚障がいの方との接点があります。2013年の東京モーターショーでは『ロボカー』の試乗にお招きしたり、『ラクロ』開発時もアドバイスをいただいたりしていたのです。こうした取り組みは、いわゆる健常者も障がいをもつ方も、みんなが使いやすいモノをつくりたい、という思いがあってのことでした」
――それでこそのユニバーサルデザインですからね。
谷口さん「そうですね。以前、視覚障がいの方のご苦労をうかがったこともありました。そのときの話では、視覚障がいの方の頭の中には『マップ』があるらしいのです。そして、歩数をカウントしながら歩いていて、何歩行ったら何度、どちら方向に曲がるかがインプットされている、と聞きました。ただ、困るのは、人にぶつかったとき。カウントしていた歩数や行きたいと思っていた方向が、ぶつかった途端、わからなくなってしまう。すると、たとえば駅での転落事故につながってしまうようなのです」
谷口さん「前置きが長くなってしまいましたが、そういう話を知っていたことと、『ラクロ』のバグのことが結びついて、ひらめくものがありました。
さきほどの自己位置推定を誤った『ラクロ』は、人に例えたら、視覚障がいの方と同じく、目が見えない状況だったのではないか、と。一方で、視覚障がいの方がカウントしていた歩数を妨げられ、場所がわからなくなってしまうのは、ロボットに例えたら、自己位置推定の誤り、と言い換えられるのでは......そう思ったのです。
ということはもしかしたら、ロボットに必要な自己位置推定をおこなうための技術(自動運転技術)は、視覚障がいの方の歩行サポートに活かせるのではないか、と気づいたのです。
それから、スマートフォンアプリとして展開できないかと考え、『EYECAN』と名付けたプロジェクトがスタートするのです」
「EYECAN」プロジェクトは、筑波技術大学と連携して進めることになりました。筑波技術大学は、聴覚・視覚に障害を持つ人を対象とした日本国内唯一の国立大学。協働するメンバーのみなさんの期待も大きかったそうです。
さらなる開発秘話は<初めて行く場所も、これなら安心...視覚障がいの方、期待のアプリ「EYECAN」開発秘話 ポイントは自動運転技術【後編】/ZMP社長・谷口恒さんに聞く>に続きます。
【後編】では、谷口さんが働くうえで大事にしている姿勢、大切にしている言葉もうかがいました。こちらも注目です!
【プロフィール】
谷口恒(たにぐち・ひさし)
株式会社ZMP 代表取締役社長
1964年兵庫県生まれ。制御機器メーカー、商社、ネットコンテンツ会社の起業などを経て、2001年ZMPを創業。家庭向け二足歩行ロボットや音楽ロボットを展開したのち、2009年自動車分野へ進出、自動運転車両『RoboCar(ロボカー)』を開発・販売。以来、自動運転技術で存在感を発揮してきた。ほかに、物流支援ロボット「CarriRo(キャリロ)」のほか、宅配ロボット「DeliRo(デリロ)」、一人乗りの歩行速モビリティ「RakuRo(ラクロ)」、自動運転警備ロボット「PATORO(パトロ)」などのロボットを手掛ける。ロボットベンチャーの先駆者として、唯一無二の存在であり続けることを目指している。