中国まで景気後退に入ったのか? 2022年7月31日に中国国家統計局が発表した「景況感」(製造業PMI)が、好不調の境界である「50」を割り込んだ。
ここ1か月、中国の経済指標が悪い数字ばかり続いている。秋の大イベント「中国共産党大会」までは持ちこたえるが、その後は経済減速に入るのでは、と予測するシンクタンクリポートも相次ぐ。
米国、欧州の減速に続く世界経済のトリプルパンチになるのか。エコノミストのリポートを読み解くと――。
「ウィズコロナ」にできない中国の特殊事情
中国国家統計局が発表した製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.0だった。PMIとは3200社の購買担当者に、生産や新規受注、受注残、雇用、価格、購買数量などを聞くもので、生の経済の動きを素早く表す。この指数が50を割り込むと、景気減速の前兆といわれる。
それが、前月より1.2ポイント悪化した。好調・不調の境目である50を2か月ぶりに下回った。
上海市のロックダウン(都市封鎖)解除などで6月は生産活動が正常化に向かったが、需要の戻りは鈍い。7月の内訳をみると、柱である生産は3.0ポイント低い、49.8。新規受注も1.9ポイント低下の48.5となり、いずれも2か月ぶりに50を割り込んだ。中国の景気回復は一進一退の様相を呈している。
こうしたなか注目されるのは、再びオミクロン株(BA.5)の再拡大が始まった中国で、政府が「ロックダウン」などの強硬策を柱とした「ゼロコロナ」政策を維持するかどうかだ。
欧米諸国はとっくに「ウィズコロナ」に傾いているが、中国にはそれが難しい特殊事情があると指摘するのは、ニッセイ基礎研究所の上席研究員、三尾幸吉郎氏だ。
三尾氏はリポート「中国経済の現状と今後の注目点」(7月29日付)のなかで、中国の新型コロナの新規感染者と死亡者のグラフ(図表1)を示した。これを見ると、日本や欧米では第6波、第7波が来ているのに、中国では第2波までしか来ていないことがわかる。三尾氏はこう説明する。
「2020年1~2月に武漢(湖北省)で多くの死亡者を出した『第1波』のあと、中国政府はゼロコロナ政策で感染を抑え込み、新規感染は多くても300名を超えず、死亡者もほとんどない状態が2年近くに渡って続いた。ところが、今年3月にオミクロン株に切り替わったタイミングで『第2波』が襲来し、(中略)中国政府はゼロコロナ政策で対応したため、中国経済は(経済的な)大打撃を受けることとなった」
それでは、中国政府は今後も、ゼロコロナ政策を堅持するのだろうか。上海市などが再び都市封鎖されたら、世界経済への打撃は計り知れないが...。三尾氏は、欧米のような「ウィズコロナ」への移行は、早くても来年(2023年)春以降ではないかと推測する。その理由はこうだ。
(1)いまウィズコロナ政策に移行すれば、インフルエンザ並みに抑えられたとしても1日9万人近い死亡者を出すことになるため、今年秋の重要会議「共産党大会」の前に舵を切るのは難しい。
(2)欧米先進国では数々の大波(日本では第7波)を経験し、死亡者急増の修羅場を乗り越えて、防疫と経済活動のバランスが大切との世論が形成された。しかし、まだ『第2波』の中国では修羅場の経験が少なく、ウィズコロナ政策に移行する心構えができていない。
(3)ゼロコロナ政策を堅持したことで、欧米先進国よりも遥かに少ない死亡者数に抑制できたという誇りや、中国経済を世界に先駆けてV字回復させたという自信が邪魔する面もある。
ただし、三尾氏は、「(ゼロコロナを軌道修正した)『ダイナミック・ゼロ』の旗印の下、それよりも早く黙って(宣言せずに)軌道修正する可能性もあるだけに注視は怠れない」としている。
毛沢東の文化大革命に逆戻り、経済停滞に?
ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎氏は、別のリポート「共同富裕に舵を切った中国~文化大革命に逆戻りし経済発展が止まるのか?」(7月19日付)のなかで、習近平政権が掲げる「共同富裕(皆が共に豊かになる)」という政策が、1960年代に毛沢東が行って中国全土を大混乱に陥れた「文化大革命」に逆戻りする危険性を指摘する。
図表2が、習近平政権が最近進めている統制強化の動きだ。
「『共同富裕』の実現に向けて国民の自由を制限し、中国共産党による統制を強化する動きが目立ってきている。アリババ集団など巨大ネット企業などに対する独占禁止法違反を理由とした罰金の徴収、芸能人に対する税務調査強化や罰金の徴収、富裕層の財産に対する課税強化や富豪による第三次分配(高額寄付)の奨励など金持ち崇拝(拝金主義)を戒めるような動きがでてきたのに加えて、高価なことで庶民の生活を苦しめてきた『新三座大山』(教育、不動産、医療)の退治に乗り出したりしている」
「三座大山」とは毛沢東時代の革命期に、庶民を苦しめる「帝国主義」「封建主義」「官僚資本主義」の「3悪」を指す言葉として知られる。さしずめ現在においては、格差を生む高額な受験教育、投資目的で高騰した不動産、高額な医療が庶民を苦しめる「3悪」というわけだ。このため、学習塾などを非営利化させる方針も打ち出している。
「さらには、習近平思想を小中高校で必修化したり、オンラインゲームでは未成年者の利用時間を制限したり、ライブ配信では芸能人などを応援する『投げ銭(おひねり)』を未成年者には禁止したりと、若年層への教育的指導も目立ってきている」
こうしたことが、かつて、「反革命分子」と見做された資本家が三角帽子をかぶって自己批判させられ、古典演劇の京劇が革命模範劇に変質させられ、あるいは、若者たちが常に「毛沢東語録」を携帯していた文化大革命と重なる、というわけだ。
しかし三尾氏は、毛沢東ほど極端に走らず、鄧小平のように、まずは経済発展を目指し、「共同富裕」は長期的な目標に置いているのではないかとみる。
図表3は、習近平政権が目指す「共同富裕」のための所得再配分のイメージ図だ。
「現在の所得分布は富裕層が少なく貧困層の多い三角形のような分布になっていると見られるが、これを目指す所得分布である中間層の多いオリーブ型にするためには、『大金持ちの財産を減らす』とともに、その資金を貧困層の救済や教育に投入することにより、経済的に自立した中間層が増えて中間層の多いオリーブ型にすることができるという発想だ」
こうした政策は、中国経済に打撃を与えるだろうか。
「『共同富裕』を実現するためには、統制を強化してこれまで自由だった経済活動に制限を加えることが必要となる。貧富の格差や腐敗・汚職の蔓延が是正されれば持続可能性は高まるだろうが、企業家精神(アントレプレナーシップ)やイノベーションに対する打撃は避けられそうにない。一方、経済発展が止まるようなこともないだろう」
こう結んでいる。
中国の大学生が「就職氷河期」に入った理由
一方、習近平政権の規制強化が若年層の深刻な失業率の増加を招いていると指摘するのは、みずほリサーチ&テクノロジーズ主任エコノミストの月岡直樹氏だ。
月岡氏のリポート「中国の若年失業率は高止まりへ~新卒急増で就職環境は一段と厳しく」(7月22日付)によると、16~24歳の若年失業率の上昇が顕著で、2021年12月から2022年6月の半年間で14.3%から19.3%へと、5.0%も上がった=図表4参照。
「若年失業率の上昇には、コロナによる景気減速要因だけでなく、構造的な要因と政策的な要因も作用している」
月岡氏はこう指摘する。まず、構造的な要因は、高学歴化が進んだ結果としての雇用のミスマッチだ。大卒・大専卒はホワイトカラーを志向し、製造業の現場は3K(危険・汚い・きつい)の職場だとして敬遠する。ところが現在、その深刻な人手不足の状態なのだ。
一方、高学歴の若者たちが目指すホワイトカラーの職場は、政策的な要因で規制が強化され、大幅に採用人数を減らす羽目に陥っている。ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎氏の2本目のリポートにあった、ITや教育業界への締め付けである。月岡氏はこう説明する。
「中国政府は2020年12月以降、ITプラットフォーマーに対する独占禁止法に基づく取り締まりを強化しているほか、2021年7月には教育サービスについて、教育格差の拡大を防ぐために小中学生向け学科類科目の学習塾を非営利化させる方針を打ち出した。これが、2022年の就職戦線に暗い影を落としている。ITプラットフォーマー各社は(中略)従来の拡大一辺倒の事業戦略を見直さざるを得なくなっており、大規模な組織再編や人員削減にも乗り出している」
たとえば、アリババが年内に全従業員の15%に当たる約3.9万人をリストラするほか、テンセントも5月までにクラウド・スマート部門で15%、ゲーム部門で10%の人員を削減した。また、7月には新たに、テンセントやバイトダンスなどが数千人規模のリストラを進めていることが報じられるありさまだ。
図表5は、高学歴の若者が目指す「教育・研修」「ネット・EC」関連の業界の求人倍率だ。これを見ると、インターネットと教育関係の求人がガタ落ちしていることがわかる。月岡氏はこう結んでいる。
「(インターネット)各社ともリストラと並行してハイスキルなIT技術者の獲得や新規事業での採用を続けているとみられるものの、業界全体として雇用創出力が落ちていることは否定できない。(中略)教育サービスは、規制強化によって各社とも既存事業の大規模なリストラや非学科類科目(スポーツ、音楽、芸術等)授業の拡充を含む業態転換を迫られて生き残りに必死であり、新規採用どころではない状況である」
「中国版の就職氷河期世代が生み出されることが懸念される。日系企業にとっては優秀な人材を確保する追い風となろうが、中国経済にとっては若年層の所得減少が消費を抑制させる逆風になろう。政府には、高学歴層が求めるホワイトカラーの就業機会を創出する抜本的な対策が求められる」
不動産バブル崩壊から、消費活動全般の低迷に
若年層の失業率と並び、足下で中国経済を脅かしているのが「不動産バブルの崩壊」と指摘するのが、伊藤忠総研チーフエコノミストの武田淳と、同客員研究員の玉井芳野氏だ。
2人のリポート「中国経済:年後半に回復を見込むも先行き不透明性高まる」(7月26日付)によると、現在、中国各地でデベロッパーの住宅建設の遅れに抗議するため、建設中の住宅の購入者が集団で住宅ローン返済を拒否する動きが広がっている。なかには、デベロッパーに融資している金融機関に大勢で押し寄せる騒ぎも起こっている。
これは、中国政府が過熱する不動産バブルを抑制に舵を切り、資金難に陥った業者が工事を中断したためだ。リポートでは、不動産投資や販売数の減少のグラフ(図表6参照)を示したうえで、こう懸念する。
「抗議の広がりが住宅の買い控えにつながれば、デベロッパーの資金調達環境がさらに悪化し、不動産市場の調整が長引くことになる。当社では不動産投資底入れの時期を2022年10~12月期と観ていたが、後ろ倒しになる可能性が高まっている。不動産市場の調整が長期化すれば、素材産業の投資や家具・家電などの関連消費、雇用、金融、地方財政など広範囲に悪影響が及ぶため、政府の対応が期待される」
習近平氏と、党ナンバー2・李克強総理の暗闘
さて、習近平氏は今年秋の「共産党大会」で異例の3期目を目指すが、前途多難だと懸念を示すのが、日本経済団体連合会のシンクタンク「21世紀政策研究所」研究委員の小嶋華津子慶應義塾大学教授だ。
小嶋氏が「週刊経団連タイムス」(6月23日付)に掲載したリポート「中国共産党大会に向けて~行き詰まる習近平式統治」によると、共産党内での習氏の権威は盤石ではないようだ。
「習氏はこれまで、党の人事を差配する中央組織部のトップに清華大学時代の学友・陳希氏を配し、自身の腹心を党の要職に引き上げてきた。しかし、(中略)ここにきて、習氏の腹心が昇格を逃すケースが報じられている。中国政治のダイナミクスが人事に規定されていることに鑑みれば、これは習政権にとって1つの不安定要因となるだろう」
そこに、経済不振による人々の生活の悪化が加わった。
「中国共産党による一党独裁の正当性の源泉の1つは、生活向上への期待感であった。(中略)コロナ禍およびゼロコロナ政策が経済に与えた影響は甚大である。現在、党のナンバー2である李克強総理の陣頭指揮のもと、国務院により経済政策が次々と策定されており、一部には、『李上習下』(李克強が残り、習近平が降りる)という流言まで飛び交っている。しかし、経済政策はこれからが正念場であろう」
小嶋氏はこう結んでいる。
「指導部内の権力闘争も、官僚主義との闘いも、民衆の生活難による社会不安への対応も、中国が毛沢東時代から歴史的に抱えてきた問題である。しかし、毛沢東時代と大きく異なるのは、今や大国となった中国の安定と発展が、日本や世界の安定と発展に直結するという点である」
(福田和郎)