上場企業の2022年3月決算で1億円以上の報酬を得ている役員が全国で663人いることが、東京商工リサーチが2022年7月22日に発表した「2022年3月期決算『役員報酬1億円以上開示企業』調査 【まとめ】」で明らかになった。
1位はZホールディングス、慎ジュンホ氏の43億円だった。だが、この人数、この額は、日本経済の実力を考えると、多いのか、少ないのか? 昨年8月には米アップル社のクックCEOが「825億円のボーナスを全額寄付します」と宣言して話題になったばかり。
ニッポン企業トップ層の報酬事情を探ると――。
2位の第一交通・黒土始氏、「100歳の退職慰労金」19億円
東京商工リサーチによると、上場企業の2022年3月期決算の上場企業2364社で1億円以上の役員報酬を開示したのは287社、人数は663人だった。前年(2021年)の253社から34社増、人数も544人から119人増えて、社数・人数ともに開示制度が開始された2010年以降で、過去最多を更新した。
役員報酬の最高は、Zホールディングスの慎ジュンホ取締役の43億3500万円。慎ジュンホ氏はLINE代表取締役CWOも務めていて、連結子会社LINEからの報酬が41億4600万円(うちストックオプション41億700万円)だったことがトップに踊り出た要因だ=図表1参照。
2位は、タクシー業界最大手の第一交通産業(福岡県北九州市)の黒土始(くろつち・はじめ)会長(100歳)の19億400万円(前年3億1000万円)。黒土氏は九州の名物経営者で、一代で全国規模のタクシー会社を創業。「100歳現役」を貫いていたが、100歳になったのを機に今年6月、代表取締役を退任、相談役に就いた。固定報酬2億4000万円、退職慰労金7000万円のほか、特別功労金15億9400万円が加わり、2位となった。
3位は、ソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長CEOの18億8800万円(同12億5300万円)。定額報酬2億1500万円、業績連動報酬3億9100万円のほか、ストックオプション15万株、譲渡制限付株式7万5000株が付与された。
4位は、武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長の18億5800万円(同18億7400万円)。5位は、電気機器メーカー、東京エレクトロンの河合利樹社長の16億6500万円(同9億200万円)。
役員報酬は基本報酬が中心だが、近年は業績連動に加え、ストックオプション、株式報酬などの非金銭報酬も高まっている。一方、退職慰労金による多額の報酬は減る傾向にあるというから、黒土始氏の場合は珍しいケースのようだ。
役員報酬と従業員給与との格差1位、トヨタの105倍
報酬額10億円以上は8人(前年5人)で、前年を3人上回った。ちなみに、慎ジュンホ氏の報酬額40億円以上は、2017年のソフトバンクグループのニケシュ・アローラ元副社長(報酬額103億4600万円)以来、5年ぶりの登場だ。
企業別の開示人数は、日立製作所が18人(前年15人)で、3年連続最多。2位は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(同11人)と東芝(同1人)の各13人。4位は、大和証券グループ本社と三井物産の各9人で、前年と同人数だった=図表2参照。
また、東京商工リサーチは今回、興味深い調査を行っている。株式報酬などを含まない役員の報酬額(基本報酬と賞与)の最高額と、その会社の従業員平均給与との「格差」を調べたのだ。
格差が最大だったのは、トヨタ自動車のジェームス・カフナー取締役(報酬額9億600万円)で、従業員の平均給与(857万1000円)と105.7倍の差があった。ちなみに、国税庁がまとめた給与所得者の平均給与(2020年版)433万1000円とは209.1倍の差がある=図表3参照。
2位は、ソフトバンクグループのサイモン・シガース元取締役(報酬額11億5100万円)で、従業員平均給与(1322万3000円)との差は87.0倍。3位は、建物管理の日本管財(東京都中央区)の福田慎太郎会長(報酬額2億6500万円)で、従業員の平均給与(356万2000円)とは74.3倍の差だった。
なお、今回の調査は、全証券取引所の3月期決算の上場企業2355社(未提出9社を除く)を対象に、有価証券報告書で役員報酬1億円以上を個別開示した企業を集計した。
日本企業トップは「生え抜き」「ジイサン」「日本人」
ところで、日本企業の経営トップ層の報酬額は欧米に比べるとかなり低い。そこで、日本経済の活性化のために企業トップの報酬を思い切って引き上げ、「成果」に応じた「変動制」を導入すべきだという意見が、政府内に起こっている。
2021年8月、当時の西村康稔経済財政再生相が私的なブレーンの集まり「企業組織の変革に関する研究会」が発表、内閣府の公式サイトに公開した「プライム市場時代の新しい企業組織の創出に向けて ~生え抜き主義からダイバーシティ登用主義への変革~」という報告書がそれだ。
研究会メンバーは、米良はるかREADYFOR(レディーフォー)社長、小泉文明メルカリ会長、間下直晃ブイキューブ社長、夏野剛ドワンゴ社長、冨山和彦・経営共創基盤グループ会長らベンチャー企業の経営者ら6人だ=肩書はいずれも当時。
報告書では、日本企業トップの特徴を「生え抜き」「高齢者(ジイサン)」「ニッポン人」に見て取る。
「日本企業の失敗事例を見ると、ほとんどは経営者の『無能力』が原因であり、経営者は圧倒的に生え抜きの男性が多く、多様性が乏しい。一度でも転職すると経営者になれないし、経営経験が乏しく、スキルもない人物が社内の政治力学によってトップについている。成果が出ない場合は任期が到来していなくても辞めればよいのに、辞めさせられない。(欧米のようにあちこちの企業を渡り歩く)『プロの経営者』を活用すべきだ」
と訴える。
米国経営者の固定給は9%、9割以上を「成果」で稼ぐ
図表4は、日本と米国、英国、ドイツ、フランスの経営者の報酬の比較だ。
これを見ると、日本の報酬額の中央値1.2億円は、米国(15.8億円)の13分の1、ドイツ(6.9億円)の5分の1、フランス(3.7億円)と英国(3.3億円)の3分の1だ。しかも、固定給は、たとえば米国が9%で成功報酬が91%を占めるのに対し、日本は固定給が60%。これでは、いくら成果を上げても報酬はあまり増えない。
報告書では、こう提案している。
(1)単年度主義ではなく、長期の業績との関係をしっかり見る。そのためには経営者の情報をすべてオープンに開示する。そして、成果をあげられない経営者はすぐに退場させ、成果をあげている経営者には長く続けてもらってもよい。
(2)本人の努力による業績向上か、それ以外の要因によるものか、業績を客観的に把握する指標や数式をつくる。
(3)たとえば、株価がいくら増加したかではなく、同業他社と比較してどれだけ増加したかなど、客観的に比較・検証できる評価制度が必要だ。
経営者に対する厳しい目が必要だ、というわけだ。
(福田和郎)