表紙に「ネッククーラー」や「おひとりさま用超高速弁当箱炊飯器」の写真が写っているのを見て、手にしたのが本書「スキを突く経営」(集英社インターナショナル新書)である。
面白家電で知られるサンコーの名前は知らなくても、製品を見たことがあるという人は少なくないだろう。同社の創業者で社長の山光博康さんが書いたこの本では、失敗エピソードを惜しみなく披露。これから起業しようとか転職しようという人へのアドバイスに満ちている。
「スキを突く経営」(山光博康著)集英社インターナショナル新書
累計100万個以上売れたネッククーラー
冒頭にサンコーが販売してきたアイテムの数々が写真で紹介されている。「仰向けゴロ寝デスク2」(2019年、4980円)は、ベッドに仰向けで寝ながらタブレットやノートパソコンが操作できるというもの。天板の角度を変えるとソファでも使える。2005年発売の当初から改良が加えられ、現行品で17代目という人気商品だ。
このほか、カップ麺を自動で作ってくれるという「まかせ亭」(2019年、5980円)、「腰ベルトファンLite」(2021年、1680円)などが並んでいる。
同社の最大のヒット商品はネッククーラーだ。4980円で、2022年夏向けに60万個用意したという。2015年に販売開始し、現在は第6世代に進化。累計100万個以上売れた。
先端の金属プレート部分が冷たくなり、首を直接冷やす。猛暑対策に農家や工事現場で働く人によく売れている。製品の改良について詳しく書いているので、社長の山光さんはエンジニアかと思ったら、そうではなかった。
第2章以下で生い立ちから今日まで綴っているが、創業者によくある華やかな成功のエピソードはほとんどない。どちらかと言うと、失敗談の連続。だからこそ、読む人に勇気を与えることだろう。
マッキントッシュとの出会い
山光さんは、いまでこそ「年商44億円の世界最小の家電メーカー」の社長になっているが、若い頃から「起業してやろう」とか考えていたわけではないという。むしろ、流されるままに生きてきて、そういう人が起業して社長になってしまったという半生だと振り返る。
1965年、広島県呉市に生まれた。呉市の中心部からバスで1時間半かかる山の中の集落で育ち、水泳と魚釣りが好きな少年だったという。
学校の成績はあまりぱっとせず、公立高校は受けさせてもらえず、私立高校へ進んだ。そこで、初めて「学校の先生になりたい」という人生の目標を持った。浪人して横浜市の予備校に入った。翌年、駒澤大学の文学部歴史学科へ進学したが、漫画ばかり読み、大学への足は遠のいていた。
そんなある日、アメリカのアップルコンピュータ社(現在のアップル社)が、マッキントッシュを発売したという記事を雑誌で読み、衝撃を感じたという。カタチそのものに猛烈な未来感を覚え、なんとか手にいれようと決意。印刷工場で夜勤のアルバイトをしてお金を貯め、64万円で日本語対応の「マッキントッシュプラス」を買ったのだった。
時間があればマッキントッシュをいじり、秋葉原のアップル製品販売店でアルバイト店員になった。そのうちマッキントッシュを使ったDTPに夢中になり、デザイン会社に就職。しかし、あまりの仕事のきつさに30歳でアップル製品販売店に出戻り、身につけた編集技術を活かす仕事についた。
周辺機器をアメリカから買うために英語学習にのめり込み、廉価なCDドライブを仕入れて、売ったところすぐに完売、4億円を売り上げた。これが最初の成功体験。その後、売れそうだと思う商品を選んでは企画書や提案書を社長に持っていくが、首を縦に振ってくれなかった。
誤解がもとで起業?!
そこで、38歳のときに無我夢中で起業する。あとになって、社長がダメ出しをしたのは「もっと考えろ」という意味だったとわかるのだが、山光さんの誤解で起業したのだから、人生はわからない。
この後、資本金300万円でサンコー有限会社を設立するところから始まり、最初の商品の仕入れ、売れ過ぎて回転資金の現金が足りなくなる自転車操業の日々を綴っている。
ファーストリテイリングの創業者、柳井正さんの著書の「キャッシュが尽きればすべてが終わり」を肝に銘じたという。しかし、金融機関から融資を受けることも知らない世間知らずだったと書いている。
株式会社になり、社員2人を雇い、3年目には年商4億円になったが、ベンチャーキャピタルと組んで増資という中長期的な経営計画がなかった。そのため、会社の成長が停滞した、と反省している。
追い風が吹いたのは、モバイルバッテリーの進化によって、USBからの電源に頼らなくてもよくなったことだ。それまでは「パソコン周辺」機器というカテゴリーだったが、場所の制限がなくなったのだ。
社員も20人近くなり、売り上げも2016年には10億円を超えたが、「家電メーカーだ」というビジョンを打ち出せなかった。
「経営者の成長が、会社の成長に追いついていかない」とまた反省している。この時期、中国人社員による横領などの危機もあったが、なんとか乗り越えた。そして今、第二の創業期を迎えた、と書いている。
社員全員でアイデアを出すのがルーティン
サンコーの特徴は、社員全員でアイデアを出すことだ。
思いつきレベルでよく、実現性を問わず、毎週出すことがルーティンになっている。また、工場部門を持たず、アウトソーシングしている。もともと輸入会社だったという成り立ちもある。
面白いと思ったのは、テレビ朝日の「タモリ倶楽部」が同社の商品を取り上げ、どちらが売れなかったかを競うクイズを出した。すると、「働きたい」という技術者が応募してきた。そうやって開発力が厚みを増したというのだ。通して読むと、山光さんのお人柄もあるが、なんとなく「ユルい」会社だからこそ、強いような気がしてきた。
起業に付き物の失敗をこれほど率直に書いた本は珍しいだろう。まだ株式を上場していないベンチャー企業だが、本書が名刺代わりになり、これから大いに注目される企業になると確信した。
(渡辺淳悦)
「スキを突く経営」
山光博康著
集英社インターナショナル新書
946円(税込)