すずらん通りに面したドアを開け、奥行きのある店内に足踏み入れる。壁に沿った棚には「北海道」「青森」「秋田」...と、地名が書かれたクリアケースが並ぶ。
ケースに整列してるのはビニールに入った小型の旅行案内の冊子である。奥へ進むと、全国各地の名所や街並みを収めたモノクロ写真の絵葉書が陳列されている。「永森書店」は旅行案内冊子、絵葉書の専門店だ。店主の永森健太さんにお話をうかがった。
扱うのは絵葉書・旅行案内冊子・鳥瞰図
永森さんは古地図の品揃えで有名な老舗古書店「秦川堂書店」のご子息である。会社勤めを経て、古書販売の道へ進む。「秦川堂書店」で6年間経験を積み、独立を考える。ジャンルを絵葉書・旅行案内冊子・鳥瞰図に絞って、2002年に一ツ橋で開業。昨年(2021年)の6月に神保町に移転した。
店内は棚ごとに絵葉書、旅行案内、地図と分けられている。植民地時代の現地資料や戦時資料、鉄道関連の書籍なども扱っている。主な顧客は、研究者や、地方の郷土資料館関係者、趣味で地元の郷土史を調べている方など、男性が多いという。実店舗に足を運ぶことで実際に手に取り、当時の印刷の風合いや質感も確かめることができる。永森さんは商品の状態にこだわりを持っていると話す。
果てしない絵葉書の世界
とくに絵葉書は、コレクターが非常に多いそうだ。
「金額の手軽さや、ゴールのない果てしなさが人気の理由かと思います。私も20年以上、さまざまな絵葉書に触れていますが、初めて見るものもまだまだ、たくさんあります」
日本で絵葉書が流行しはじめたのは日露戦争の頃だそうだ。永森書店では、全国各地の名所絵葉書やデザイン系、戦時中の植民地のものなどを、幅広く取り扱っている。なかでも根強く人気があるのは、東京の街並み・名所を写真に収めたものである。
「やはり街並みのように、現在と見比べた時に変化が大きいものが人気ですね。東京関連は出回っている絵葉書の量も多いです。出回っている数が少ない地域は、値段も高くなっています」
また、女性をモデルにした美人写真も人気が高い。ケースから明治期に発売された5枚組の写真絵葉書を出してくれた。白黒写真に手作業でほのかに色をつけられた手彩色絵葉書だ。日本髪を結った女性が華やかなドレスを身につけ、ポーズを決めている。当時としても高価な作りであり、希少だという。
鳥の目で見る、当時の様子
鳥の目線のように上空から立体的に地図を描いた「鳥瞰図」にも力を入れている。日本の鳥瞰図ブームを引き起こしたのは、大正から昭和にかけて活躍した鳥瞰図絵師、吉田初三郎である。ダイナミックで迫力のある構図で、増大な量の作品を遺した。
そんな初三郎の元弟子である金子常光の「京成電車御案内」(大正15年発行)を見せてもらった。蛇腹の冊子を開くと紙面には山や海、路線図が広がる。賑わう駅や広大な山々、土地の様子が感覚的に伝わってくる。当時の人も楽しい気持ちで眺めたことだろう。
絵葉書や小さな冊子からは、市井の人々の暮らしがビジュアルとしてダイレクトに伝わってくる。小さな紙の一枚一枚に、生き生きとした人々や街の活力が込められているように感じた。
(ながさわ とも)