参院選挙後、岸田政権の目玉政策「経済安全保障」に企業冷ややか...「関係ない」「分からない」半数以上

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   2022年7月10日に投開票された参議院選挙で岸田文雄政権は圧勝、いよいよ経済政策に本格的に乗り出す。その目玉の1つが「経済安全保障」だ。

   今年5月11日に経済安全保障推進法が可決成立したが、具体的な内容はこれからだ。そんななか、帝国データバンクが7月7日、「経済安全保障に対する企業の意識調査」の結果を発表した。

   経済安全保障について「関係ない」「分からない」とする企業が半数以上に達し、関心が高くないようにみえる。いったいどういうわけか。

  • 岸田文雄首相はどんな経済安全保障政策を打ち出すか
    岸田文雄首相はどんな経済安全保障政策を打ち出すか
  • 岸田文雄首相はどんな経済安全保障政策を打ち出すか

「アメとムチ」政府が企業活動に介入する経済安保法

   経済安全保障推進法では以下の4本柱が策定されている=図表1参照。それぞれの内容・狙いと課題を整理すると――。

(図表1)経済安全保障法の4つの柱(帝国データバンクの作成)
(図表1)経済安全保障法の4つの柱(帝国データバンクの作成)

(1)サプライチェーンの強靭化

   半導体、医薬品など国民生活や経済活動に不可欠な物資を政府が「特定重要物資」に指定、国内調達を財政支援。企業には、調達先や備蓄状況を政府に報告させる。

   (課題)政府は「特定重要物資」の対象を「相当絞り込む」とするものの、具体的には不明だ。指定作業は国会審議を経ずに、政府による「政省令」で決まる。経済界には指定されることに期待がある一方、「政府が恣意的に決める」ことに不安の声も。

(2)基幹インフラの安全性・信頼性の確保

   電気、ガス、石油、鉄道など基幹インフラを担う業種の企業で、新たに導入する設備・システムを政府が事前審査。サイバーセキュリティの体制などを確認するためだ。企業が協力しなかったりすると、2年以下の懲役などの罰則。

   (課題)対象企業は「真に必要なものに絞る」とするものの、具体的には不明。政府が過度に介入すれば手続きが煩雑になり、企業の負担が増えて自由な経済活動が阻害される恐れも。

(3)官民の先端技術協力

   AI(人口知能)、量子コンピューターなどの研究開発で官民協力を深める。経済安保基金の活用や、政府系シンクタンクの情報提供で、企業を支援。参加者には守秘義務があり、違反すると1年以下の懲役などの罰則。

   (課題)AI、量子コンピューターなどの研究は軍事技術と結びつきやすく、「用途の線引きが難しい」との懸念も。

(4)国の安全に関わる特許出願の非公開化

   安全保障上危険な核や武器開発に転用される恐れがある技術は、特許情報を非公開にする。違反すると2年以下の懲役などの罰則。

   (課題)政府は、産業への影響を考慮して対象の発明を「十分絞り込む」としているが、具体的には不明。

   いわば、「アメとムチ」で政府が企業活動に関与を深める内容だ。ただ、規制や支援の対象があいまいで、法律成立後に政省令で定める項目が138か所もある。具体的な内容の詰めは、参議院選挙の後に行われる予定だ。

   経済同友会の桜田謙悟代表幹事は5月11日の記者会見で、「規制の対象範囲を明確にし、裁量によって適用範囲が拡大する余地を排除すべきだ」と注文していた。いずれにしろ、欧米諸国では整備されていた「経済安全保障」が初めて法制化されたわけで、経済界への影響は大きい。

「基幹インフラ安全性」と「サプライチェーン強靱化」を求める声

   さて、帝国データバンクでは、まず経済安全保障法の4本柱のうち、「自社の企業活動にとって最も関係があると思う項目はどれか」を聞くと、「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」(20.9%)がトップとなり、次いで「サプライチェーンの強靱化」(18.0%)が続いた。「官民の先端技術協力」(4.9%)、「特許出願の非公開化」(1.5%)はいずれも5%未満となり、自社に関係するとみている企業は少なかった=図表2参照。

(図表2)経済安全保障法の自社への影響(帝国データバンクの作成)
(図表2)経済安全保障法の自社への影響(帝国データバンクの作成)

   また、全体の半分以上である54.8%が「関係はないと思う(24.6%)」「分からない(30.2%)」と答えたことが目につく。とくに、中小企業では「関係はないと思う」「分からない」の合計が63.2%と6割以上にのぼった。同法が5月11日に成立してから2023年の段階的な施行まで半年以上あることや、具体的な内容が示されていないため、多くの企業が自社との関係性を図りかねている結果となった。

   回答が特に多かった「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」と「サプライチェーンの強靱化」に限って企業を規模別にみると、いずれも規模の大きい企業ほど、同法が自社の経済活動に関係すると考えている割合が高かった=図表3参照。

(図表3)経済安全保障法の自社への影響~規模別、業界別(帝国データバンクの作成)
(図表3)経済安全保障法の自社への影響~規模別、業界別(帝国データバンクの作成)

   業界別では、「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」の割合が最も高かったのは、『金融』の28.4%だった。以下、『サービス』(26.1%)、『建設』(25.7%)、『運輸・倉庫』(22.4%)が 20%を超えた。「サプライチェーンの強靱化」の割合が最も高かったのは、『製造』で27.1%。次いで、『卸売』(22.0%)、『農・ 林・水産』(18.7%)が続いた=再び、図表3参照。

   経済安全保障法については、全国の企業からさまざまな意見が寄せられている。

半導体は多くの製品の命だ(写真はイメージ)
半導体は多くの製品の命だ(写真はイメージ)
「製造業にとって基幹インフラの安全性・信頼性は非常に重要であり、特に電気・ガス・水道の供給不安が起こった場合には事業継続が難しい状況になる」(水産食料品製造、茨城県)
「商品のスムーズな流通や、輸送費の安定化、交通インフラの安全性が確保されることが必須であり、流通に関わる人材の確保も欠かせない」(酒類卸売、北海道)
「国民の生存に不可欠な物資である国産の農作物に対して、農業者の収入や農作物の価格を補償する制度を期待する」(施設野菜作農業、長崎県)
「中国や東南アジアの工場からの住宅建材輸入が一部滞っている。建材メーカーは生産現場の国内回帰を促進したほうが良い」(不動産代理・仲介、愛媛県)
サプライチェーンのカギを握るコンテナ船
サプライチェーンのカギを握るコンテナ船
「ロシアやウクライナが苦慮する事象を見ると、食糧やエネルギーの強靱化や安全保障が一番大事だと思う」(食料品製造、北海道)
「電子部品の入手難で製品の出荷遅れが発生しており、サプライチェーンの強靭化は避けて通れない。基幹インフラは、電力の供給問題と通信インフラのサイバー攻撃対策が喫緊の課題」(電子応用装置製造、大阪府)
「海外に依存しているサプライチェーンを国内へ回帰すれば自社の仕事の営業チャンスが増えるので期待する」(製缶板金、熊本県)

経済安全保障は重要だが、企業活動が制約されると...

サイバー攻撃から企業をどう守るか(写真はイメージ)
サイバー攻撃から企業をどう守るか(写真はイメージ)

   また、政府に同法が規制強化につながらないよう要望するなど、注文も相次いだ。

「経済における安全保障上の信頼性が向上することは好ましいが、それにともなう企業活動への制約や規制強化に繋がらない努力をしてほしい」(フェルト・不織布製造、東京都)
「メーカーや卸売業は立場が弱く、取引の継続有無を盾に不利な状況となることが多いので、大手企業を中心に是正してほしい」(清涼飲料卸売、徳島)
「経済安全保障を理由として自社の情報システムが監視され、情報が盗み取られることがないように、法整備を期待する」(特許事務所、東京)

   帝国データバンクでは、こうコメントしている。

「経済安全保障法の企業活動への関係性について、業種によって関心のある項目に差異がみられた。なかでも、新型コロナやロシア・ウクライナ情勢によって仕入数量の確保や仕入価格の高騰に直面している企業ほど、サプライチェーンを強化することへの関心がより高い。(中略)特に、基幹インフラの安全性や信頼性に関して、その傾向が顕著に表れていた。経済安全保障法について政府が具体化するにあたっては、産業や企業規模による注目点を踏まえた、きめ細かい経済安保体制を整備していくことが非常に重要となろう」

   調査は2022年5月18日~5月31日、全国2万5141社を対象にインターネットを通じて行い、1万1605社(大企業1865社、中小企業9740社)から回答を得た。

(福田和郎)

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