「複数国による非友好的な行為に対する特別経済措置」
2022年6月30日、ロシアのプーチン大統領が署名した一本の大統領令が日本のエネルギー関係者に衝撃を広げている。
サハリン2の代替調達先の確保、難しい実情
大統領令はロシア極東サハリンで進む石油・天然ガス事業「サハリン2」について、現在の運営会社が保有する権利や資産、従業員を、ロシア政府が新たに設置する会社に移管するよう命じる内容だ。政府による事実上の「接収命令」といえる。
現在の運営会社には、三井物産が12.5%、三菱商事が10%を出資している。大統領令では新会社設立から1か月以内に出資を継続するか申告できるとしているものの、大統領令の名称を見ても分かるように、ロシア政府が「非友好国」と非難する日本企業は権益を失う可能性が高い。
日本は米欧に同調してロシア制裁を強化する一方で、サハリン2からは撤退せず、権益を維持する姿勢を示してきた。
日本が輸入する液化天然ガス(LNG)のうちロシア産は約1割を占め、そのほとんどをサハリン2から調達している。サハリン2に代わる大口の調達先を確保するのは難しいためだ。
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、27.5%を出資していた英シェルがサハリン2から撤退するなど米欧企業の「ロシア離れ」が加速している。だが、日本は「エネルギーを海外に頼る日本にとって、調達先の確保は重要課題。米欧も日本の立場を理解してくれている」(経済産業省関係者)とあいまいな態度をとり続けてきた経緯がある。
ロシア側、ルーブル払い提案...日本と米欧の分断狙い
しかし、ロシアがここにきて強硬策に出たことで、日本は一気に苦しい立場に追い込まれた。
インタファクス通信によると、サハリン2に50%超を出資する筆頭株主のガスプロム(ロシア政府系ガス大手)幹部は7月4日、LNGの取引代金の支払いをルーブル建てにするよう求める方針を示した。
プーチン大統領は3月、日米欧など「非友好国」に対し、パイプラインで取引されるロシア産天然ガスの取引代金をルーブルで支払うよう命じる大統領令に署名した。その際、パイプラインによらないで海上輸送されるLNGは対象外で、これを主力とする日本は影響を免れてきた。
サハリン2の「接収命令」に続き、LNGのルーブル払いをにおわせることで、中国と並ぶLNG輸入大国である日本に圧力をかけ、米欧との分断を図る狙いは明白だ。
「我が国の脆弱なエネルギー需給構造を踏まえつつ、慎重に対応していく」
萩生田光一経産相は7月5日の閣議後記者会見で、ロシア側に対し、外交ルートを通じて日本企業に求める各種手続きの期限や出資条件について説明を求めていると明らかにした。
萩生田氏はサハリン2を「日本の電力はガス安定供給の観点からも重要なプロジェクトだ」と強調。日本企業の出資継続に望みをつなぐが、国内のエネルギー関係者は「シェルがサハリン2から撤退する中、日本企業だけが出資を維持する現状は明らかに異様だった。いつロシア政府から絶縁状が届くか警戒していたが、それがようやく来た印象だ」とあきらめ顔だ。
サハリン2から輸入停止になったら...電力供給に大打撃
サハリン2からの輸入が止まれば、打撃は計り知れない。
環境負荷が比較的低いLNGは、日本の火力発電の主力燃料となっている。サハリン2に権益を持つ日本は、年間600万トンものLNGを調達してきた。しかも、長期契約のために昨今の価格高騰の中では割安だった。
仮に新たな調達先が見つかっても、価格が跳ね上がるのは確実で、電気料金の大幅な値上げは避けられない状況だ。
「LNGの安定供給が守られるよう官民一体となって対応していきたい」
萩生田氏はこう強調するが、日本に残された選択肢はほとんどないのが現実だ。(ジャーナリスト 白井俊郎)