昨年あたりからよく耳にするようになった横文字に、「リスキリング」というものがあります。この言葉を初めて聞いた時、「キリング(Killing)」がやたらに耳に残って、一体何を「殺す」のだろうかと、やけに物騒な印象を覚えた記憶があります。
実際には英語のスペルは「Reskilling」なので、「Re」「Skilling」すなわち「再び」+「スキルを身につける」、一般的には「学び直し」と訳されています。
なぜ今、「リスキリング」なのか?
昨年あたりからこの言葉がよく使われるようになった背景は、コロナ禍でテレワークやオンライン化が一気に進んで、DXなるものが時代にあった企業経営をすすめていくうえでのキーワードになったということがあります。
すなわち、コロナ感染の広がりへの対応を機とした思いがけぬ変革に乗り遅れないため、企業は社員を再教育する必要に迫られ、「リスキリング」の名のもとで社員の学び直しに着手。一方の社員も、積極的、自発的にこれに取り組むことが求められているわけなのです。
その観点からは、ここでちゃんと「学び直し」しないと社員として「亡き者になっちゃいますよ」ということでもあり、語感から「キリング(Killing)」を意識することもまんざら見当違いでもないのかもしれません。
表面上は、時代に取り残されないために、デジタル領域での知識やスキルを新たに身につけよう、という意味で「リスキリング」が使われることが多いようです。ところが、転じて時代の変革に合わせ、「今のままではいけない」「今こそ、新たな知識を身につけよう」という風潮が世の中に広がっている、というのが現状ではないかと感じています。
過去、日本企業に勤めるビジネスパーソンは、どちらかというと経験や蓄積ノウハウに頼る傾向が強く、ナレッジ化などという言葉でその経験や蓄積ノウハウを社内共有することの重要性は叫ばれてはきたものの、新たな知識やスキルを身につけようという風潮は弱かったと言えます。
企業が社員個人の「学び」を後押ししてこなかったことも、その理由のひとつではあると思います。その意味で、「リスキリング」は今、日本企業やジャパニーズ・ビジネスパーソンの「学び」の姿勢を変えるという意味での、転換点を象徴する言葉なのかもしれません。
あの『富嶽三十六景』は70歳を過ぎてからの作品!
以前、私がこの春から大学へ通い始めた話を書きましたが(「慣れすぎ注意!オンラインの仕事だけでは得られない...人と出会って、話して、聞いてこそ広がる視野(大関暁夫)」参照)、DXがらみの「リスキリング」ではないものの、これも一種の「学び直し」であると自認しているところではあります。
私自身がなぜ今、「学び直し」を志したのかですが、最大の理由はコロナ禍で時代の変革を肌で感じるようになり、やはり「過去の延長ではない自分」を形成する必要性を徐々に感じはじめてきたということがありました。
年齢的に考えていまさら、新たな知識をもって新領域のビジネスに手を伸ばそうということではないのですが、SDGsという言葉が国民の間で当たり前のように口にされるようになった今、「学び」もまた、「永続的な発展(Sustainable Development)」を意識して取り組むことの大切さを感じているところでもあるのです。
私は今、大学で、一般教養的な授業を受けつつ、自己のテーマをもって研究活動に従事しています。初年度のテーマとして取り上げたのは、「江戸時代の浮世絵制作を、組織論的ビジネスモデルの観点から考察する」というものです。
とくに、江戸を舞台として花開いた文化文政時代の町民文化としての浮世絵は、当時は芸術作品ではなく、あの時代のニューメディアとして使われていたという興味深い事実があるのです。そこを深堀していくことで、今の時代のビジネスづくりのヒントもあるのではないかと、好奇心を刺激されています。
そんな時代の江戸浮世絵絵師の代表格的存在として、葛飾北斎がいます。ここ数年、北斎は過去にないほどのブームです。昨年は彼の人生を取り上げた映画「HOKUSAI」の上映に加え、これまであまり注目されていなかったものも含め、彼の作品を隅々まで集めた「北斎づくし」という企画展も開催され、大盛況でした。
さらに今年もまた、「大英博物館-北斎」という海外所蔵作品を中心とした企画展が開かれました。私は自己の研究題材でもあるので足を運びましたが、その来場者の多さには驚かされることしきりです。
この突然の北斎人気は一体どこから来たものだろうかと、ちょっと不思議な感じがしていたのですが、先日仕事でお目にかかった筆者と同年代のグラフィックデザイナーの方もたまたま、「大英博物館-北斎」展を観にいったそうで、興味深いことを話されていました。
「北斎は大好き。とくに、あの代表作『富嶽三十六景』の激しい波間に富士が覗く『神奈川沖浪裏』のデザインなんて、我々、現代のデザイナーが見てもゾクゾク感動するわけです。今回の作品展の解説で知ったのですが、あの作品を含めた『富嶽三十六景』は北斎が70歳を過ぎてからの作品だそうで、さらに勇気と元気をもらいました。『人生は学びの連続、100まで生きて精進を続ければまだまだうまくなれる』と、彼は言っていたそうです」
なんと、北斎の『富嶽三十六景』もまた、「リスキリング=学び直し」の連続の成果であったのだというお話です。
つまり、江戸の昔から、長い年月にわたって活躍続けた人は「学び直し」を心掛けていたわけで、「リスキリング」は古くて新しい話だと、思わされる逸話です。もしかすると、最近の北斎人気の秘密はそんな彼の「学び」の姿勢にもあるのかもしれません。
いつの時代でも時流の変化に取り残されないためには、過去の知識や経験ばかりに頼るのではなく、常に「リスキリング=学び直し」を心掛けることが大切ということのようです。
(大関暁夫)