温泉女将「おもてなし」を脳科学で解明、これは世界の奇跡だった! 飲食店のマニュアル接客、銀座ママと比較すると...

建築予定地やご希望の地域の工務店へ一括無料資料請求

   「お客さま、お部屋ではごゆっくりおくつろげいただけていますでしょうか」。温泉旅館の楽しみのひとつに、女将の心配りがある。

   そんな「おもてなし」のプロ中のプロがどうやって客の表情を読み取って接客しているのか、脳科学から迫る研究を自然科学研究機構・生理学研究所(愛知県岡崎市)の研究チームが2022年6月14日、発表した。

   「温泉女将の『おもてなし』を脳科学的に解明」というリポートがそれだ。日本の女将の「おもてなし」に隠された特殊能力は世界的にも稀な存在だという。そのノウハウを私たちは日頃のビジネスに生かせるか?

  • 温泉女将の「おもてなし」秘密は脳活動にあった(写真はイメージ)
    温泉女将の「おもてなし」秘密は脳活動にあった(写真はイメージ)
  • 温泉女将の「おもてなし」秘密は脳活動にあった(写真はイメージ)

女将は表情を読み取り、客をシビアに評価している

   研究を発表したのは、生理学研究所の柿木隆介名誉教授(臨床脳研究)らのチームだ。客に気配りを尽くしつつ、その努力を感じさせずに応接する「おもてなし」は日本文化のひとつだが、実はこれに関わる脳の活動は未解明だったというのだ。

   そこで研究グループは「おもてなしに長けた温泉女将は、接客の際に客の表情を読み取る能力が高いのではないか」という仮説を立て心理学実験と脳波計測を行った。実験には「おもてなし群」として愛知県蒲郡(がまごうり)市の温泉宿の女将たち21人(20歳~70歳)と、比較対象の「コントロール群」として年齢が一致する接客業未経験女性19人に協力してもらった。

   人間は日常生活で相手の表情から瞬時のうちに心情を読みとっている。その反応は脳波で表れる。そして、脳波の成分のうち、相手の顔を見て大きくなるものの代表例として、約0.1秒後に後頭部でみられる「P100成分」がある。また、それよりも遅く、顔を見て0.17秒後に側頭部で起こる「N170成分」がある。まず「P100成分」が先に表れ、その0.07秒後に「N170成分」が表れという2段階で脳波が反応を示すわけだ。

   実験ではまず、心理学テストを行った。対象となった2つのグループに「笑った顔」「怒った顔」「無表情の顔」の3つの顔画像を見せ、好ましいかどうかを最低1から最高7で評価してもらった。すると、「おもてなし群」のほうが「コントロール群」に比べて低い傾向が見られた。とくに「無表情の顔」を見た時に評価が低くかった。つまり、「好ましくない」と判断を下したわけだ=図表1参照

(図表1)心理学検査では「おもてなし群」は「コントロール群」に比べ、好ましさの評価が低かった(生理学研究所作成)
(図表1)心理学検査では「おもてなし群」は「コントロール群」に比べ、好ましさの評価が低かった(生理学研究所作成)

   興味深いことに、「おもてなし群」は笑い顔にはあまり興味を示さないこともわかった。このことから女将たちは、「相手の表情をより正確に読み取り、シビア(厳しめ)に評価していると考えられる」と研究チームはコメントしている=再び、図表1参照

「笑った顔」には冷ややかな女将の謎

   次に、「笑った顔」「怒った顔」「無表情の顔」の画像を見た際の2つの脳波成分を計測した。その結果、興味深い結果が出た。「おもてなし群」は「コントロール群」に比べ、P100成分の反応が全般的に大きかった。つまり、すばやく脳が反応したことになる。しかも、「怒った顔」に対しての反応が最も大きく、「無表情」への反応も比較的目立った=図表2参照

(図表2)脳波検査では「おもてなし群」は「コントロール群」に比べ、P100成分が有意に大きくなった(生理学研究所作成)
(図表2)脳波検査では「おもてなし群」は「コントロール群」に比べ、P100成分が有意に大きくなった(生理学研究所作成)

   ふつうは、世界共通の現象だが、「笑った顔」への反応が一番大きく、次いで「怒った顔」「無表情」の順に反応が大きくなるものなのだ。実際、今回の実験でも「コントロール群」は同様の結果となった。ところが、である。女将は「怒った顔」に最も大きく反応する一方、「笑った顔」にはさほど反応しなかった。研究グループによると、このような反応を示す集団は、世界の過去の研究では例をみないという。

   従来、表情の読み取りには主に0.17秒後に出る「N170成分」が重要と考えられてきたが、女将は0.1秒後に出る「P100成分」ですばやく判断していたわけだ。しかも、さらに不思議なことは、遅れて出る「N170成分」がすぐに小さくなる傾向がみられたのだ。普通は、最初の「P100成分」が大きく出ると、「N170成分」も大きい状態が続くものなのだが......。

女将は、瞬時に無意識にポーカーフェースを装う

温泉の湯船に気持ちよくつかりたい(写真はイメージ)
温泉の湯船に気持ちよくつかりたい(写真はイメージ)

   この顔に対する脳波の反応をめぐる不可解な「女将の謎」をどう理解すればよいのだろうか。J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部では、研究グループリーダーである生理学研究所の柿木隆介・名誉教授に話を聞いた。

――今回の研究成果のポイントは、女将さんの脳波が一般の人に比べて、客の「怒った顔」と「無表情の顔」にすばやく反応した点。そして、すぐにその反応が小さくなった点にありますね。しかも、客の「笑った顔」にはさほど反応しなかった。この「女将さんの謎」はどう解釈したらよいのでしょうか。

柿木隆介さん「僕らもびっくりしているのです。今回の女将さん群のような反応は、世界的にも初めての報告ですから。普通の人なら『笑った顔』の印象が強くて、『笑った顔』『怒った顔』『無表情の顔』の順番で強く反応するものなのです。
 しかし、女将さんたちは普通の人より0.1秒前後早く、『怒った顔』と『無表情の顔』に鋭敏に反応しました。これはもう無意識の間髪を入れず、といった反応です。しかも、女将さんたちのほぼ全員がこういう特殊な反応を示したことは大きな驚きでした。
 さらに驚いたのは、2番目の反応で表れるN170成分が普通より小さくなったこと。先行するP100成分が大きい場合には、次の成分であるN170も大きくなることが一般的です。このような反応の急激な現象は非常に稀なことです。
 女将さんたちは、0.1秒で鋭敏に反応した脳活動を無意識のうちに抑制したと考えられます。
 理由としては、脳反応の変化が自分の顔や言動に出て、客や従業員にわかると非常にまずいから、脳活動を抑制してポーカーフェースを装ったものと思います。だって、温泉旅館にはワケアリというか、いろいろな事情のある客が少なくないですからね。しかも、こうした脳活動がすべて無意識な点が驚きです」

――女将さんたちは、日頃のどういうトレーニングから「おもてなしに長けた」人になったのでしょうか?

柿木さん「まず、こういう能力が先天的なものか後天的なものかの解釈が問題となります。ほとんどの女将さんは、外部から嫁入りした方たちなので、やはり後天的に身に付いた能力だと解釈すべきだろうと思います。
 どういうトレーニングが必要か――これは僕らの研究にとっても一番重要な問題なのですが、これに関しては、僕らにも、そして当事者の女将さんたちにもわかりません。特殊な状況下で長期間働いてきたことによる特殊能力、としか言えませんね」

マックのマニュアル接客、銀座ママとの違いは?

飲食店の徹底したマニュアルとの違いは?(写真はイメージ)
飲食店の徹底したマニュアルとの違いは?(写真はイメージ)

――特殊能力ですか。女将さんたちのノウハウを、ビジネスの世界の対人コミュニケーションに生かしていくとすれば、私たちは日頃からどういうことから始めればよいでしょうか?

柿木さん「急にはムリでしょう。彼女たちは世界的にも特殊なグループの人々ですから。たとえば、マクドナルドのスタッフの客に対する接し方、しゃべり方はマニュアル通りに行う究極の接客方法で、世界中の企業が参考にしています。しかし、僕らは『おもてなしを受けた』とは感じません。なぜなら接客マニュアルが会社の都合、会社本位で作られているからです。
 客が何を要求し、それに対して何を出せばよいのか、あいまいさを一切許さず、無駄を極力排し、テキパキと客をさばいていくことに徹しています。スタッフが『お客さま、今日のネクタイ、ステキですよ』といったことまでは言いません。客を気持ちよくさせることがマニュアルの主眼ではないからです。
 しかし、女将さんは『お客様、今日の黄色のネクタイ、シャツによくお似合いですよ』と言って、客を気持ちよくさせてくれます。あくまでお客さんの都合を優先する、お客本位だからです」

――なるほど。ところで、同じ女将さんでも京都の老舗料亭の女将は、一見客は断りますが2度目から来た客は、何年後でも顔を覚えていて、おもてなしをするといわれます。温泉女将と同じ脳の働きなのでしょうか。

柿木さん「まったく違います。京都の女将の脳の働きは記憶力です。銀座のママやバーテンも何年たっても客の顔と名前を記憶していると言われます。実は、顔を覚えるのは簡単なのですよ。画像の記憶は脳の右半球がつかさどりますが、こちらの機能はほぼ無限大。だから、誰でも誰かの顔だけはうっすらと覚えているということはよくありますよね。
 ところが、名前の記憶をつかさどるのは脳の左半球。こちらは脳の機能に限りがある。それに名前は記号だし、似た名前がたくさんあって覚えにくい。そこで、銀座のママに聞いたのですが、顔と名前を一致させて憶える、とっておきの方法があるそうです。名刺をもらったら、顔のあごのあたりに名刺をかざして両方を画像として一緒に記憶するのです」

――接客業の世界は奥が深いのですね。今回の温泉女将の研究で得られた知見を、今後どう生かしていくのでしょうか。

柿木さん「おもてなしのプロである女将さんが持つ心構えと技術を、精神論ではなく、脳科学をもとにプログラム化して若い世代に伝えられるようにしたいですね。
 僕個人としては、2時間ドラマの温泉旅館シリーズでの定番シーンにとても興味があります。お客さんたちを、旅館の玄関で大女将、若女将、バイトの若い女性が出迎えます。その後、大女将が、若女将とバイト女性に『桜の間のお客さんに気を付けて接客してね』と厳しい表情で言います。
 若女将とバイト女性には何のことかわかりませんが、その夜、その客が殺されてしまいます。大女将だけにわかる客の表情の微妙な変化は、今回の研究結果によく一致しています。2時間ドラマの脚本家がどこまでわかって書いたのかは、わかりませんが(笑)」

   この研究は2022年6月14日、英国の電子科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

(福田和郎)

姉妹サイト