マックのマニュアル接客、銀座ママとの違いは?
――特殊能力ですか。女将さんたちのノウハウを、ビジネスの世界の対人コミュニケーションに生かしていくとすれば、私たちは日頃からどういうことから始めればよいでしょうか?
柿木さん「急にはムリでしょう。彼女たちは世界的にも特殊なグループの人々ですから。たとえば、マクドナルドのスタッフの客に対する接し方、しゃべり方はマニュアル通りに行う究極の接客方法で、世界中の企業が参考にしています。しかし、僕らは『おもてなしを受けた』とは感じません。なぜなら接客マニュアルが会社の都合、会社本位で作られているからです。
客が何を要求し、それに対して何を出せばよいのか、あいまいさを一切許さず、無駄を極力排し、テキパキと客をさばいていくことに徹しています。スタッフが『お客さま、今日のネクタイ、ステキですよ』といったことまでは言いません。客を気持ちよくさせることがマニュアルの主眼ではないからです。
しかし、女将さんは『お客様、今日の黄色のネクタイ、シャツによくお似合いですよ』と言って、客を気持ちよくさせてくれます。あくまでお客さんの都合を優先する、お客本位だからです」
――なるほど。ところで、同じ女将さんでも京都の老舗料亭の女将は、一見客は断りますが2度目から来た客は、何年後でも顔を覚えていて、おもてなしをするといわれます。温泉女将と同じ脳の働きなのでしょうか。
柿木さん「まったく違います。京都の女将の脳の働きは記憶力です。銀座のママやバーテンも何年たっても客の顔と名前を記憶していると言われます。実は、顔を覚えるのは簡単なのですよ。画像の記憶は脳の右半球がつかさどりますが、こちらの機能はほぼ無限大。だから、誰でも誰かの顔だけはうっすらと覚えているということはよくありますよね。
ところが、名前の記憶をつかさどるのは脳の左半球。こちらは脳の機能に限りがある。それに名前は記号だし、似た名前がたくさんあって覚えにくい。そこで、銀座のママに聞いたのですが、顔と名前を一致させて憶える、とっておきの方法があるそうです。名刺をもらったら、顔のあごのあたりに名刺をかざして両方を画像として一緒に記憶するのです」
――接客業の世界は奥が深いのですね。今回の温泉女将の研究で得られた知見を、今後どう生かしていくのでしょうか。
柿木さん「おもてなしのプロである女将さんが持つ心構えと技術を、精神論ではなく、脳科学をもとにプログラム化して若い世代に伝えられるようにしたいですね。
僕個人としては、2時間ドラマの温泉旅館シリーズでの定番シーンにとても興味があります。お客さんたちを、旅館の玄関で大女将、若女将、バイトの若い女性が出迎えます。その後、大女将が、若女将とバイト女性に『桜の間のお客さんに気を付けて接客してね』と厳しい表情で言います。
若女将とバイト女性には何のことかわかりませんが、その夜、その客が殺されてしまいます。大女将だけにわかる客の表情の微妙な変化は、今回の研究結果によく一致しています。2時間ドラマの脚本家がどこまでわかって書いたのかは、わかりませんが(笑)」
この研究は2022年6月14日、英国の電子科学誌「Scientific Reports」に掲載された。
(福田和郎)