ロシアによるウクライナ侵攻から5か月。世界的な食糧危機や物価高が広がり、欧米メディアの中には「戦争疲れ」「支援疲れ」を懸念する声が出始めている、と報じるところが増えた。
事実、2022年6月26、27日にドイツ南部エルマウで開かれた主要7か国サミット(G7)の会場付近では、「ウクライナへの武器支援に反対する」デモが行われた。
そんななか、プーチン大統領が強気の姿勢を崩さない。むしろ、欧米諸国に「逆経済制裁」をかける勢いだ。背景にはなにがあるのか、エコノミストの分析を読み解くと――。
EUの「裏切り」に怒ったロシアの報復制裁
複数の欧米メディアによると、2022年6月27日、ロシアは外貨建て国債の利子計1億ドル(約135億円)分の支払いができず、デフォルト(債務不履行)に陥った。しかし、ロシア側は「支払う意思はある。送金手続きが進まないのは(西側諸国の)制裁が理由で、我々の問題ではない」と強気だ。
むしろ、プーチン大統領は6月23日のBRICS(新興5か国)のビジネスフォーラムを前にビデオ演説を行い、「西側諸国の軽率で利己的な行動によって、世界経済に危機的状況が生じた。彼らは自らの過ちを全世界に転嫁している」と批判するありさまだ。
ロシアがEU(欧州連合)の弱みに付け込み、「逆制裁」を科している実態を指摘するのは、ニッセイ基礎研究所経済研究部研究理事の伊藤さゆり氏だ。
伊藤氏のリポート「西側VSロシア~勝者なき消耗戦」(6月23日付)では、EUの「裏切り」に怒ったロシアをこう書いている。
「ロシアにとっては、欧州連合(EU)が米英と足並みを揃えたことは、おそらく予想外だっただろう。EUの中核国である独仏は米英よりもロシアに宥和的な姿勢をとってきた。EUは化石燃料をロシアに依存するなど経済的な結び付きも緊密だ。その分だけ、EUによるロシアへの経済制裁の効果は高いが、EU側が受ける痛みも大きくなる」
だが、EUは、痛みを覚悟のうえで石炭禁輸、石油禁輸と立て続けに制裁を決めた。ただし、激変緩和のため、石炭禁輸は4か月、原油の禁輸は6か月、石油製品は8か月の移行期間を設けている。おまけに、パイプラインを通じて供給される原油は例外とすることで、なんとか全会一致に漕ぎ付けたから、実際に制裁の効果が出るのは先になる。
「ロシアは、こうしたEUの脱ロシアの動きを座視するつもりはないだろう。ロシアにとってもパイプライン・ガスの代替先の早期確保は難しいが、ロシアにはEUが脱ロシア・ガスを実現する前に供給停止のカードを切り、揺さぶりを掛けるインセンティブがある。すでにロシアが一方的に決めたガス代金のルーブル建てでの支払いに応じなかったなどの理由で、ポーランド、ブルガリアに始まり、ドイツ、イタリアなどへのガス供給を停止・削減している。ガスを巡るEUとロシアの攻防は、需要期となる今年秋口以降に向けて、激しさを増すことになるだろう」
プーチン大統領に共感する途上国政府
経済制裁で欧米と足並みを揃える日本から見ると、ロシアは世界で孤立しているような印象だが、現実は違う。制裁しているのはEU、G7(先進7カ国)のほかには韓国、オーストラリアなどわずかだ。
中国、インドにくわえ、中東、東南アジア、アフリカ、南米などのほとんどの国は制裁に加わっていない。中国は多角的にロシアと貿易・投資を進めているし、インドはロシアから石油を割引価格で買いつけている。
では、こうした諸国がなぜ欧米と足並みを揃えないのか。
NPO法人・国際環境経済研究所のウェブサイトに公開された「ロシアの戦争でこれまでの気候政策は終わる(3)」(6月24日付)は、米国の環境シンクタンク「ブレイクスルー研究所」創立者で、キヤノングローバル戦略研究所インターナショナル・リサーチ・フェローのテッド・ノードハウス氏の3回にわたる力作リポートだ。
ここでノードハウス氏は、ロシアの戦争が気候変動問題にどんな影響を与えたかを追求しているが、その中で、ロシア制裁に動く欧米の「偽善」と、それに反感を抱く発展途上国との対立にスポットを与えている。
「米国と欧州が国際社会を動員してロシアを政治的、経済的に孤立させようとする中で、あまり注目されなかった事象として、中国、インド、そして発展途上国の多くが乗り気でなかったことがある。これは実利的な面もある。ロシアは世界の多くの地域にとって食糧、燃料、肥料、軍需品、その他の重要な商品の主要な供給国である。だが、ロシア型の社会の腐敗、非自由主義、民族主義が、世界の多くの地域で、ルールではないにせよ、一般的であることも理由の1つだ。(中略)世界の多くの国の指導者は、冷戦後の時代を形成してきた西側の制度や規範に対するプーチンの広範な拒否に共感しているようだ」
彼らはなぜ欧米と戦うプーチン大統領に共感するのだろうか。
「欧米の指導者たちは、世界を気候変動から救うという名目で、発展途上国に対して自国の石油やガス資源の開発、および化石燃料へのアクセスによって可能になる経済成長をあきらめるよう促してきた。先進国経済が化石燃料に大きく依存していることから、アフリカをはじめとする途上国政府は、これを当然ながら偽善と判断することになる。(中略)一方で、貧しい国々では石炭火力発電を段階的に廃止するよう提唱しているのだ。富裕国政府は、自国の資源を利用し続けながらも、貧しい国々の化石燃料インフラ整備に対する開発資金をほとんど断ち切っているのである」
「恨みは深い。何十年もの間、欧米の環境NGOやその他のNGOは、政府や国際開発機関の間接的なあるいは直接的な支援を受けて、ダムから鉱山、石油・ガス採掘に至るまで、大規模なエネルギー・資源開発に幅広く反対してきたのだから。NGOの環境問題や人権問題に対する懸念は、たいてい本物である。しかし、これらの問題に対する欧米の取り組みが十字軍的で、しばしば恩着せがましいのは、(中略)NGOの地元キャンペーンが主に欧米によって資金が出され、人員が動員され、組織化されているという事実と結び付き、植民地時代から続く反欧米の深い溝を生み出してしまっているのだ」
それに対して、中国とロシアは環境問題などに躊躇せず、エネルギー、資源採掘、インフラへの投資をテコに地政学的利益を拡大してきたとして、ノードハウス氏はこう続ける。
「その意図は、モスクワと北京の経済的優先順位を高める形で開発途上国の依存関係を構築し、かつ国際的な影響力を生み出すことである。ウクライナ侵攻以来、この戦略の有効性は誰の目にも明らかである」
ロシア制裁を機に、西側諸国と途上国との軋轢強まる
ノードハウス氏のリポートと同様、西側諸国の主要国で構成するG7サミット(主要7カ国首脳会談)が機能不全に陥り、ロシア制裁を機に西側諸国と途上国との軋轢が強まっている、と懸念するのが野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏のリポート「問われる世界のリーダーによるG7サミットの意義」(6月27日付)には、こうある。
「ロシアのウクライナ侵攻、先進国による対ロ制裁を契機に、先進国と新興国との間には一気に軋轢が強まっている。そのため、G7は有効な対策を打ち出すことが難しくなっており、この点は今回のG7サミットでも改めて浮き彫りとなっている。(中略)ウクライナ産の小麦に依存するアフリカ・中東諸国の国々は、価格高騰のみならず、戦争の影響でウクライナ産の小麦の入手が難しくなっている。そうしたもとで、多くの国が輸出制限を実施していることが、食料危機をより深刻化させている」
国際食料政策研究所によると、ウクライナ侵攻以降、新興国を中心に合計26か国が、食料や肥料に対して全面的な輸出規制を導入している。各国政府にとって食料輸出規制は、物価高騰に対する国民の怒りを和らげ、国内供給を確保する手だてになるからだ。
このため、世界的に食料価格の高騰に拍車をかけている。しかし、G7サミットでは、食糧問題は議論の中心にはならなかった。
木内氏は、
「G7サミットではバイデン米大統領が途上国へのインフラ整備支援を打ち出したが、これは、中国の『一帯一路戦略』に対抗するものだ。世界経済が抱える課題に対応するというよりも、先進国の利害に強く関わる政策だ。世界のリーダーたちが、国を超えて世界全体が抱える諸問題への対応を推進する、という本来のG7の意義は後退してしまっているのではないか」
と懸念を示す。
また、G7サミットで議論された対ロ追加制裁の中に、ロシア産石油の取引価格に上限を設ける案もあったという。なぜなら、欧米諸国はロシアからの原油輸入の禁止・制限措置を決めているが、それにより原油価格が上昇し、逆にロシアを利する羽目になったからだ。
「フィンランドに拠点を置く独立系の『エネルギー・クリーンエアー研究センター(CREA)』がまとめた報告書では、ロシアの戦費は1日あたり約8億7600万ドルと見積もられている。
一方、CREAは、ロシアはウクライナにおける紛争が始まった2月24日から6月3日までの100日間に、化石燃料の輸出で970億ドルの収入があったとしている。1日に換算すれば9億7000万ドル程度である。(中略)ロシアの戦費は化石燃料の輸出による収入で賄われたことになる」
木内氏は、ロシア産石油の取引価格に上限を設ける制裁は現実的ではない、というのだ。
「取引価格を一定水準以下に抑えることを、石油タンカーでの船舶保険の利用条件とする案が浮上しているという。しかし、そうした枠組みが本当に有効に働くかどうかは疑問だ。実際には、ロシア産原油の輸出を抑制することに一定程度働く一方、一段の価格高騰を招くことにはならないか」
ロシアが戦争から得るのは中国との「腐れ縁」?
欧米諸国や日本がプーチン大統領に振り回される構図になっているわけだが、ところでプーチン大統領はこの戦争はいつまで続けるのだろうか。
双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦氏は「溜池通信:ロシアへの愛をこめて~ウクライナ戦後への思考実験」(6月10日付)というコラムの中で、ナポレオンやヒトラーを撃退したロシア(ソ連)は何が起こっても負けないだろうという。
「考えれば考えるほどロシアの先行きは暗いけれども、『何があっても確実にロシアに残るもの』も少なからず存在する。例えば以下のような要素である」
(1)広大な国土(地球上の陸地面積の6分の1を占める)
(2)地下資源(ただし効果的に使えるかどうかは不明)
(3)安保理常任理事国のステータス(拒否権は永遠なり)
(4)膨大な量の核兵器
そして、軍事アナリスト小泉悠氏の論文を引用する形でこう述べている。
「ロシアは、世界最大の国土面積を有する巨大国家である。万一誰かに攻め込まれた場合には、戦略縦深の後退によっていくらでも時間を稼ぐことができる。その上で正規軍とパルチザンによる反撃が可能である。(中略)つまり守りに対しては絶対的に強いのだ。ロシアは海外から攻め込まれたときの勝率は100%」
「ただし自分たちが他国に攻め込んだときはその限りにあらず。露土戦争(1877年~1878年)は負けているし、日露戦争(1904年~1905年)もしかり。今回の対ウクライナ戦争も、多分にその公算が大である。守りの絶対王者は、攻めに回ると意外と心許ない。それでも、他国に攻め込まれて白旗を掲げる、ということだけは考えにくい。(中略)最後は必ず、プーチンを相手に『交渉』という形で終わらせることになるのであろう」
戦後のロシアはどうなるのだろうか。吉崎氏はこう分析する。
「『この戦争によってロシアが新たに得るもの』も検討しなければならない。それはおそらく『中国との腐れ縁』ということになるのではないか」
そして、米エール大学経営大学院が毎日更新しているロシアで活動を続けている企業リストを紹介した。欧米を中心に1000社近くが撤退しているなか、中国企業の「残留」が目立つ。
「西側のグローバル企業がどんどん撤退する中で、ロシア・ビジネスは彼らには『おいし過ぎて止められない』のではないだろうか。(中略)対ロシア経済制裁が長期化し、西側企業の撤退が続くにつれて、その穴を埋めるのは中国企業ということになるのであろう」
「ロシア産の資源をアジア勢がディスカウント価格で買っているお陰で、国際商品価格の上昇に歯止めがかかっているという現実もある。いずれにせよ、こういう状況が続くにつれて、ロシアは中国のジュニア(立場の低い)・パートナーとなることが避けられないのではないか」
ちなみに、野村総合研究所の木内登英氏も、リポート「国際経済フォーラムで強気姿勢を崩さなかったプーチン大統領」(6月20日付)の最後にこう記している。
「(サンクトペテルブルクで開かれた17日の国際経済フォーラムで)プーチン大統領は、軍事同盟ではない欧州連合(EU)へのウクライナ加盟を容認する姿勢を見せる一方で、それはウクライナの『半植民地化』を意味するとした。プーチン大統領は強気姿勢を維持するが、海外からの資金調達、支援が得られない中で戦争を続ければ、ロシア経済は一段と悪化していくことになる。
海外企業のロシア国内での事業停止・撤退の痛手も今後本格的に出てくる。そうしたなか、ロシアは中国に一段と接近し、経済面では中国の『半植民地化』することを受け入れないと、この先、経済の発展は望めなくなるのではないか」
(福田和郎)