6月としては記録破りの猛暑に3日連続で襲われたニッポン列島。2022年6月27日、政府は東京電力管内の電力需給が厳しくなるとして、初めて「電力需給ひっ迫注意報」を発令した。
使用していない照明を消すなど、できる限りの節電を呼びかけたのだ。その一方で政府は6月21日、節電に応じた事業者や家庭にポイントを付与する「節電ポイント」制度の導入を発表した。
電気料金の高騰対策と節電の推進を狙った「一石二鳥」の妙案とみられるが、エコノミストの間では評価が厳しい。いったいどういうわけか。
どのくらい節電でいくらもらえるか、問題は制度設計
「節電ポイント」制度は、6月21日に開かれた政府の「物価・賃金・生活総合対策本部」の初会合で発表されたもの。報道をまとめると、政府は節電に協力した家庭にポイントを付与し、電気料金を実質的に下げる電力各社のサービスの利用を促す支援策を講じる。
ポイントの付与は、東京電力と中部電力が7月から始めるが、政府がそれに乗った形だ。1キロワット時を節電した場合、東電は5円相当を、中部電は10円相当を付与する。東電の場合、「Tポイント」や「Pontaポイント」「nanacoポイント」などに交換でき、買い物で使えるようになる。目標は3%の節電。月260キロワット時を使うモデル世帯に当てはめると、月数十円ほどの還元だ。
政府は、夏場に節電に協力した家庭にはさらに「2000円相当のポイント」を付与するとしているが、具体的な方策はこれからだ。一方、与党・公明党の山口那津男代表は6月27日、神奈川県内の街頭演説で、「無理して節電して熱中症になったら元も子もない。政府に『もっと電力料金の負担を下げなさい』と言いたい」と述べ、「節電ポイント」に注文を付けた。
この節電に協力した家庭にポイントを付与する「節電ポイント」、エコノミストたちはどうみているのだろうか。
日本経済新聞(6月21日付)「節電ポイントで料金割引、政府支援 電力各社の制度拡大」という記事につくThink欄の「ひと口解説」で、みずほ証券チーフマーケットエコノミストの上野泰也氏は「各家庭に節電を促す政策を展開していくうえで有力な選択肢である」と評価しながらも、「問題は制度設計だ」と指摘した。
「いつ時点を基準にし、どのくらいの節電をすれば、何ポイント(要するにいくら)もらえるのか。もらえるポイントが多ければ多いほど、節電の努力をするインセンティブになる。(中略)お年寄りが節電狙いで無理にエアコンを消さないようにする配慮も必要になる」と、熱中症対策を求めた。
普段から節電に努めていた人ほどポイントをもらえない...
ヤフーニュースのヤフコメ欄では、ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミスト渡辺浩志氏が、節電ポイントを稼ぐために、ガソリン、ガス、灯油などの利用が増えたら、世界的な脱炭素化の動きに逆行するとして疑問視した。
「電気を節約しても、代わりとなるガソリン、ガス、灯油等のエネルギー価格も高騰しているため、家計の負担軽減や物価対策としての効果はあまり期待できません。普段から節電に努めていた人ほど節電余地が小さくポイントを得にくいという不公平感も残ります」
法政大学大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)は「行き過ぎた節電にならないだろうか」と疑問を投げかけた。
そして、「夏の電力需要がひっ迫する可能性があり、それに対応したものであろう。しかし、こうして政府が音頭をとることで、この節電行為が自己目的化されてしまい、必要な時に節電を行うことを招くことになってしまっては問題があるのかもしれない」と指摘する。
また、もし、この夏も猛暑となり、「熱射病で健康を害して亡くなるようなことでも起こればそれは取り返しがつかない。ここには電力不足に対する政府の政策的な問題があるのかもしれない。長期的で安定した電力供給の道筋が示されることが必要ではないだろうか」と、一過性ではなく、安定した電力供給を目指すべきだと強調した。
今夏は「ラニーニャ現象」で記録的な猛暑か
一方で、今夏は、電気代の高騰に加え、例年以上の猛暑というダブルパンチに見舞われるかもしれないと指摘するのは、第一生命経済研究所主任エコノミストの小池理人氏だ。
小池氏のリポート「電気代の高騰と猛暑が家計を圧迫」によると、今夏は「ラニーニャ現象」によって厳しい猛暑となることが予想されているという。
ラニーニャ現象とは、東太平洋赤道付近の海面水温が、平年より低い状態が長期間続く現象をいう。ラニーニャ現象が発生すると、西太平洋熱帯域の海面水温が上昇し、積乱雲の活動が活発となり、日本近辺では夏に太平洋高気圧が北に張り出して猛暑が続く傾向がある。
図表1は、今年6月から10月までのラニーニャ現象の発生確率だ。6月は70%という高確率で発生すると予測されており、実際、6月25日~27日に全国各地で6月としては観測史上最高の気温を記録した。
猛暑だった昨年は、ラニーニャ現象はゼロだったから、今年の夏はどれだけ暑くなることか。エアコンや扇風機などの使用時間が長くなり、消費電力量も増加することが想定される。
それに加えて、家計の電気代負担額がいっそう大きくなる要素がある。図表2は、消費者物価指数(全国の電気代平均)と原油価格の推移だ。これをみると、昨年6月の電気代を100とすると、4月には112に上昇している。小池氏はこう指摘する。
「仮に4月時点での水準が2022年の間続くことになれば、2人以上の世帯(総務省家計調査)での負担は、2021年と比較して年間約1万9千円程度増加することになる」
そのうえ、テレワークの増加によって、電力消費の一部が企業から各家庭に移っている。テレワーク実施率は2019年の14.8%から2022年は27.0%にほぼ倍増している。このことから、家庭のPCや照明、エアコンにかかる電気使用量の増加を小池氏はざっとこう試算した。
「仮にエアコンの消費電力を650W、照明の消費電力を50W、ノートPCの消費電力を30W、これら電化製品がテレワークによって稼働するものとし、1日8時間、月22日テレワークを実施した場合、1か月当たりの電気代の増加額は、約3850円と算出される」
1年間にすれば、4万6200円という高額だ。これにラニーニャ現象が引き起こす猛暑による電力消費が加わるわけだ。
小池氏は、「今後、テレワークによる家計負担を回避するための節約行動や、政府によるポイント還元策を狙って、オフィス回帰の動きが一部で生じ、テレワーク比率を低下させる可能性もある」として、「電気代の負担は家計を強く圧迫しており、早急な支援が求められる」と、政府に対策を求めている。
電気を使わず灯油、ガス使えば「脱炭素政策」に逆行
ソニーフィナンシャルグループの渡辺浩志氏と同様に、「脱炭素化の動きに逆行」すると懸念を示すのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏のリポート「政府の追加物価高対策の評価と節電ポイント支援策の課題」(6月21日付)ではまず、
「(節電ポイント制度は)追加的な節電の余地について利用者の間で差がある、あるいはスマホなどを使って節電ポイント制度を利用できない人が高齢者を中心に出てくる、などといった不公平感の問題を生じさせよう」
と、すでに節電している人やスマホを活用できない人に不公平だ、という問題点を指摘した。そして、脱炭素政策との整合性に疑問を投げかけた。
「脱炭素政策との整合性にも留意する必要がある。節電による不要な電力消費の削減は、脱炭素政策の観点からも望ましいが、他方で脱炭素政策のもとでは、化石燃料の利用を減らして電力の利用拡大を個人に促している側面がある。それはガスに替わって電気を利用する調理、灯油ストーブでなく電気暖房器具の利用、またガソリン車に代わる電気自動車の利用などである」
そして、こう結んでいる。
「仮に個人が、節電ポイントを得るために、冬場に電気ストーブの代わりに灯油ストーブを使う、電気自動車の利用の代わりにガソリン車を利用するようになれば、節電効果は高まる一方で、脱炭素政策には逆行してしまう。政府は、節電ポイント制度の狙いを丁寧に国民に説明し、脱炭素政策との整合性に十分配慮することが求められるだろう」
(福田和郎)