「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE 6」では、「言うことを聞いてくれない年上部下」のケースを取り上げます。
「何か信用できないことでもあるんですかね?!」
【上司(課長)】Aさん。B社さんとの商談の件で相談したいので、打ち合わせがしたいのですが。
【Aさん(年上部下)】B社さんなら長い付き合いの私なりに進められるので、特に打ち合わせは必要ないでしょう?
【上司(課長)】いいえ。私から、いくつか話しておきたいこともあるんです。
【Aさん】ずっと任されてきたお得意様なのに...私を信用できないことでもあるんですかね?!
【上司】いやいや、そういうことではないですが...。会社の方針というのもあるので、きちんと伝えておきたいんですよ。
【Aさん】では、今週は忙しいので、メモにして渡してもらえますか。
【上司】いや、それはかえって手間だし、正確に伝えられないので...。
【Aさん】じゃあ、来週月曜の定例ミーティングのついでにしてくださいよ。どうせB社さんに伺うのも来週なので。
【上司】わかりました!(やれやれ、いつものことながら態度が刺々しくて、やりにくいなぁ...)
上司は、まだ着任して間もない若手課長。一方、部下のAさんは、かつて先輩として面倒をみてもらったこともある年上部下です。担当の商談について方針を打ち合わせておきたいのに、Aさんはとげとげしい態度で快く応じてくれません。
何かとこのギクシャクした関係が続くのかと思うと、上司としては気が重いもの。しかし、管理職としての職責を果たす立場にあり、周囲にも示しがつかないことから、「何とかしなければ」と悩む毎日です。
高年齢者雇用安定法の改正で、70歳までの社員の就業確保が企業の努力義務になりました。これに伴い、企業における定年の延長・廃止や再雇用も促進され、シニア社員の割合もさらに増してくるでしょう。今後、管理職が年上部下をマネジメントする必然性がより高まることが予想されるのです。
さて、あなたがこのCASEの上司なら、どのように対処するでしょうか。
毅然とした態度で指示を出し、部下としての責任を全うしてもらう?
かつてお世話になった先輩で年上とはいえ、部下は部下。あなたとしては、次のような対応を考えるかもしれません。
自分は上司である以上、毅然とした態度で臨み、「任せている仕事とはいえ、上司である私の指示はきちんと聞いてもらわねば困ります。打ち合わせを優先して、できるだけ速やかに時間をとってください」と諭す。
真面目で職務熱心な上司ほど、このように考えるところでしょう。年下であっても、自分は上司なわけですから、相手に対してきちんと両者の立場を明示しておくことが、お互いのためにもチームにとっても大切だとの考え方で、もっともな面があります。
しかし、人間は感情の生き物ですから、そう単純にはいきません。年上部下には、かつての先輩としてのプライドが残っていることもあるでしょう。また、役職定年や給与減となった悲哀を強く感じていたり、今後の自分の仕事や役割に不安を持つなど、複雑な思いを抱えている場合が多いものです。
私も、管理職に登用されて間もない頃、年上の先輩たちが部下になり苦慮した経験があります。経験豊富な人たちを相手にどう対応してよいかわからず、関係がギスギスしてしまい悩んだものです。「自分は上司だからマネジメントしなければ」と気負ってしまうと、先輩部下は反発するものです。
いまやほろ苦い思い出となっていますが、私が社命を受けて組織運営の方針を大転換しようとして、彼らから大反発を受けたこともあります。それまで積み重ねてきたやり方を変えることに「絶対に納得できない」と言うのです。私が彼らを集めてひざ詰めでミーティングを行ったものの、どうにも打開できず、途方に暮れた覚えがあります。
先輩部下を尊重し、「力を貸してほしい」と頼る姿勢を
では、冒頭のCASEについて改めて考え直し、次のように対応してはどうでしょうか。
相手が人生の先輩であることを意識して、日頃から敬意を表し、仕事を頼む際には「あなたの力が必要なので、一緒に頑張ってほしいのです」と伝える。
今回の打ち合わせも、「あなたの経験と知恵を借りながら、B社様とより一層よい関係をつくっていきたいので、ぜひ相談させてください」と依頼する。
上司が自己認識を改め、「自分は、たまたま役割として管理職を担当することになったが、人生において偉いわけではない」という意識を持つことです。先輩部下を尊重し、上記のように「ぜひ、あなたの力を貸してほしい」と頼る姿勢を示すのです。
自分が上司になると、突然「上から目線」の言葉遣いになる人がいます。しかし、部下とはいえ、目上の人に対しては丁寧語で接することも忘れないようにしましょう。
組織のミッションを達成するために、一緒に考え行動する関係(味方)に
もう一つ大切なのは、社内の上下関係ばかりにとらわれず、「社外に対してチームとして何ができるか」を一緒に考えることです。組織として果たすべき機能は、最終的にお客様に満足してもらうことだからです。
さきほどの私の実体験では、ベテランスタッフ一人ひとりに時間をかけて、まず徹底的に年下上司である私や、会社に対する不満や鬱憤をすべて聴く努力をしました。時には3時間にわたり、不平不満、文句を言われ続けた修羅場もありました。ただ、私が真剣に受け止めようとし続けると、あるタイミングから、1人、2人と相手の態度が軟化し始めたのです。
「言いたいこと言わせてもらったらスッキリしたよ。まぁ、前川さんも社長じゃないし、経営との板挟みで苦労しているよね。私も長年組織で働いてきたので、その苦渋はわかりますよ。何より前川さんがちゃんと向き合ってくれたことに心が動いたよ。明日からは協力しますから」
人は不満を出し切ると、やっとこちらの言い分にも耳を傾けてもらえることを学んだものです。そこで、私は次のような説明をしました。
「この組織の発揮する価値を高めて、より多くのお客様のお役にたつことが私たちのミッションです。環境が大きくかわるなかで、現状のままの組織運営ではミッションを果たせず、組織の存続そのものにも関わります。この現状打開に向けてどうすればいいか、〇〇さんの知恵も頂き、一緒に考えていきたいんです」
この説明を繰り返し伝えていくことで、先輩部下の皆さんとの関係は変わっていきました。そして、彼らは頼りがいのある、私のよきアドバイザーとなってくれたのです。
今回は年上部下のマネジメントについて考えてきましたが、実はこの相手を尊重し「力を貸してほしい」と頼る姿勢は、年下であろうが雇用形態が違おうが、全ての部下に対して上司が持つべきものでもあるのです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著「本物の上司力~『役割』に徹すればマネジメントはうまくいく」(大和出版、2020年10月発行)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)。