大阪市にあるテーマパーク、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)は一時経営危機に陥った。だが、2015年10月には過去最高の月間175万人を集客し、USJの3倍の商圏人口を持つ東京ディズニーランドをも超え、単月でついに集客数日本一のテーマパークとなった。USJはなぜ復活し、大成功をおさめることができたのか? 本書「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」(KADOKAWA)を読むと、その秘密がわかる。
「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」森岡毅著(KADOKAWA)
著者の森岡毅さんはUSJの元チーフ・マーケティング・オフィサー、執行役員、マーケティング本部長。USJの再建後、株式会社刀を設立し、マーケティングの普及に努めている。本書のサブタイトルも「成功を引き寄せるマーケティング入門」だ。
なぜ次から次へと新しいアイデアが出てきて、なぜやることなすこと上手くいくようになったのか? その秘密は、たった1つのことに集約されるという。USJは、「マーケティング」を重視する企業になって、劇的に変わったのだ。
本書は、個人も会社もビジネスで成功するためのカギである「マーケティング思考」をわかりやすく伝えることも目的に書かれているので、ビジネスパーソンにとって参考になりそうだ。
「消費者視点の会社」に変わり、成功へ
USJは2001年に開業、初年度は年間1100万人を集客したが、翌年に700万人台に急降下し、3年後の2004年に事実上の経営破綻をした。
森岡さんはP&Gのマーケティング部門の経歴を買われ、2010年にUSJに入社。トップライン(売上金額)を大きく伸ばすミッションを与えられた。そのための着眼点は、ターゲットとなる客層の拡大、テレビCMの質の向上、チケット価格の値上げだった。
ハリーポッターの成功ばかりが注目されるが、ハリーポッター以前に40もの新規プロジェクトを連続してヒットさせ続けたことが成功の要因だった。
そのV字回復の原動力は、「消費者視点の会社」に変わったことだという。
だが、それは容易なことではない。
自然状態としての会社組織は、会社の利害と個人や部門の利害は必ずしも一致しないからだ。USJに限らず、テーマパーク業界では圧倒的にクリエイティブ中心の運営がなされているため、クリエイティブが面白いと思うものをやってみて、当たれば大ヒット、外れれば大ピンチという博打のようなビジネスモデルが通用していたという。
森岡さんはマーケティング部長として、どんどん「消費者視点」からのダメ出しをするとともに、本部長執行役員になると、エンターテイメントの最終責任者にもなった。そして、「作ったものを売る会社から、売れるものを作る会社」へと変えた。
マーケティングができていない日本企業
第2章以降、マーケティングについて解説している。まず、「日本のほとんどの企業はマーケティングができていない」と書いている。日本の多くの製造業が不振に陥っている原因は、技術志向に偏りすぎ、マーケティングを軽視してきたことによる、と指摘している。
また、日本企業の多くのマーケティング部は、マーケティングを知らないし、マーケティングをしていない、と手厳しい。米国で発達したマーケティングが日本で育たなかったのは、日本の技術志向のほか、規制による競争阻害、終身雇用制度などが原因だと考えている。
では、マーケティングの本質とは何か? 森岡さんは「売れるようにする=売れる仕組みを作ること」と定義する。売れる仕組みは、消費者とブランドの接点をコントロールして作る。
主なものは、「消費者の頭の中を制する」、「店頭を制する」、「商品の使用体験を制する」の3つだという。
「消費者の頭の中を制する」には、自ブランドの認知率を高め、選ばれるようなブランディングが必要だ。「店頭を制する」ためには、消費者が購入する可能性を最大化させるように「配荷率」「山積率」「価格」などの展開に注意する。また、本書にある戦略やマーケティングのフレームワークもヒントになりそうだ。
「マーケティングが日本を救う」
本書はマーケティングの教科書として役立つほか、森岡さんが体得してきたキャリア・アップの秘訣を明かしたところにも読みごたえがある。神戸大学経営学部を卒業し、大手商社や大手銀行からも内定をもらったが、P&Gに入社した。P&Gは職能別部門採用だったのが決め手だった。
P&Gは厳しい会社だったが、幅広い実戦経験で鍛えられた。結果を出し、入社5年目にブランドマネージャーに昇格。その後、2004年にP&G世界本社(米国シンシナティー)に赴任した。最重要ブランドの1つである北米パンテーンのブランドマネージャーとして、壮絶なプレッシャーと格闘したという。
日本に戻り、2009年にはP&Gが買収したウエラジャパンの副代表になった。そして「もっと成長するための新天地が欲しい」とUSJに移った。
森岡さんは「マーケティングが日本を救う」と考えている。マーケティングは日本であまり普及しなかったが、日本人に最も馴染みやすい「合理主義」だというのだ。多くの人々を幸せにするために必死に頭を使うマーケティングは、日本人の感性に馴染んでいるとも。
本書は2016年に初版発行。「読者が選ぶビジネス書グランプリ2017 マネジメント部門で1位になるなど多くの支持を集め、2022年4月で33版と売れ続けている。
(渡辺淳悦)
「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」
森岡毅著
KADOKAWA
1540円(税込)