岸田政権の「金看板」である「新しい資本主義」が姿を現した。2022年5月31日、「資産所得倍増プラン」を目玉とするグランドデザインと実行計画書を発表したのだ。
投資をすると税制優遇が得られると呼びかけるものだが、就任時に出していた「令和版所得倍増計画」はどうなったのか。おまけに「投資」をしない人には無縁のプラン。
エコノミストは、絵の描いた餅で「事実上不可能」とも指摘する。いったい、どういうことか。
投資している日本人は1割、しかも高齢者が多い
報道をまとめると、所得格差是正を長年訴えてきた岸田文雄首相の「新しい資本主義」の実行案には、金融所得課税など金融市場の反発が強い政策は見送られ、その代わりに、目玉として株式や投資信託などの保有者が税優遇を受けられる「資産所得倍増プラン」が掲げられた。
具体的には、個人の金融資産約2000兆円のうち半分以上が預金や現金で保有されていると指摘し、これらの資金を投資に向かわせるため、少額投資非課税制度(NISA)の抜本的な改革や、個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入対象年齢を現行の64歳以下から65歳以上に引き上げることなどを検討するという。
これも、昨年10月の就任時に掲げられた「令和版所得倍増計画」に取って代わられたかたちだ。
しかし、主要メディアの中には、「現役世代は投資に資金を回す余裕に乏しいとされ、今回の株式投資への優遇策は『金持ちに恩恵が集中する』(経済官庁幹部)との批判もある」(東京新聞6月1日付)、「貯蓄から投資に回す余裕のない世帯はそうした恩恵も受けられず、格差が逆に拡大してしまう懸念もある」(朝日新聞6月1日付)といった批判があるのは確かだ。
実際、投資をしている日本人はどのくらいいるのだろうか。日本証券業協会のホームページにある「個人株主の動向」をみると、2020年度末の個人株主数は1407万人で、総人口に占める割合はわずか11.2%だ。しかも、高齢者に偏っている。年齢が把握できる個人株主(全体の8割強)の中で、60歳以上80歳未満(14.5%)が最も高く、次が80歳以上(12.9%)だ。
一方、現役世代をみると、40歳以上60歳未満が11.5%、20歳以上40歳未満が5.6%と、高齢世代の3分の2以下だ。これでは、「富裕層・高齢世代優遇政策」という指摘が出るのも無理はないかもしれない。
資産所得倍増には日銀の低金利政策もネックに
今回の「資産所得倍増プラン」、専門家やエコノミストはどう見ているのだろうか。
ヤフーニュースのヤフコメ欄では、法政大学大学院教授(現代政治分析)の白鳥浩氏はこう指摘した。
「(資産所得倍増プランは)池田内閣の所得倍増計画とは名前は似ているものの、似て非なるものである。所得倍増は国民全体に恩恵を及ぼすことを考えられていたが、岸田氏の『資産所得倍増プラン』は、投資を中心としたものであり、そこには資産所得が増加する可能性もあるが、リスクもある。その恩恵は一部のものにしか及ぶことはないだろう。(中略)もう少し夢のあるプランがあっても良いのかもしれない」
一方で、資産が倍増するまでには「半世紀以上かかる」として、「絵に描いた餅」とのトーンで批判するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏のリポート「岸田政権の『資産所得倍増計画』と『貯蓄から投資へ』」(5月31日)は、岸田政権が発足時に掲げていた「新しい資本主義」は変質したと指摘する。
「『資産所得倍増計画』も『貯蓄から投資へ』も、ともに株式市場には耳あたりの良い言葉だ。岸田政権が発足時から掲げてきた『新しい資本主義』は、企業が短期的な利益拡大に邁進し、株主の利益を最優先に考える傾向を修正することを目指したものだった」
「このような考えのもとに岸田政権は、金融所得課税見直し、自社株買いのルール設定、『四半期開示』の見直し、などの考えを次々に提示していった。これらは『株式市場を敵に回す岸田政権』との印象を株式市場に広めることになったのである」
岸田首相がこうした姿勢を一変させたのは、5月上旬、英金融街シティでの講演だった。「岸田に投資を」(Invest in Kisihida)とも話したのだは、これは、安倍晋三元首相が海外で投資家に発言した「Buy my Abenomics」(アベノミクスは買いだ」にならったのだろうと、木内氏は推測する。
木内氏は「経済政策が短期的な株式市場の変動の影響を受けることは問題だ」と指摘したうえで、「資産所得倍増計画」の実現は不可能だとみている。
図表1は、1994年度を100とした場合の家計金融資産などの価値の推移を表したグラフだ。
「26年後の2020年度時点で家計金融資産は167.2、雇用者報酬は107.9、家計財産所得は58.4である。(新しい資本主義の初期に掲げた)『所得倍増計画』も近い将来では実現性に乏しい計画だったが、『資産所得倍増計画』はそれに輪をかけて実現性が乏しいのである」
なぜかというと、現在の日銀の金融緩和政策による金利低下のトレンドも大きく影響している。結局、
「より最近の過去10年間での変化に注目すると、雇用者報酬は1.13倍、家計財産所得は1.14倍とほぼ並ぶ。このペースが続いた場合、現在から2倍となるのはそれぞれ57年後、53年後と、実に半世紀以上先となる計算だ。つまり岸田政権の下で『所得倍増計画』『資産所得倍増計画』を実現するのは事実上不可能である」
と断じるのだった。
骨太文書から減った「感染症」、増えた「投資」「安全保障」
一方、経済財政諮問会議から示された「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)原案の中にあるキーワードの数から、「新しい資本主義」の本質を探るというユニークなアプローチを試みたのが、第一生命経済研究所主任エコノミストの星野卓也氏だ。
星野氏のリポート「骨太方針2022のポイント(総論編)~中長期的・計画的財政支出を拡大。『大きな政府』の号砲が鳴った~」(6月1日付)の中には、骨太方針の2021年と2022年の文書のワードクラウドを比較した図が登場する(図表2参照)。
ワードクラウドとは、文章中で出現頻度が高い単語を多く選び出し、その頻度に応じた大きさで図示する手法だ。その文書が何を目指し、何を主張しているのか、本質をズバリ視覚的に表現することができる。この図を分析しながら、星野氏はこう指摘する。
「まず、2021年はトップワードであった『感染症』の出現頻度が大きく減少(2021年:97回⇒2022年14回)。新型コロナの落ち着きともに骨太内での出現頻度が減っている。今回の骨太では『投資』(42回⇒92回)の出現頻度が大きく増加したことも特徴。積極的な政府投資を掲げる内容になっている(中略)また、『安全保障』も増加(20回⇒39回)。ウクライナ情勢の緊迫化等に伴い、より多くの紙幅が割かれている」
また、骨太方針の原案中の「経済あっての財政であり、現行の目標年度により、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢がゆがめられてはならない」という、やや言い訳めいた表現を紹介しつつ、こう結んでいる。
「骨太方針は『これまでの財政健全化目標に取り組む』としており、政府の掲げてきた2025年度の基礎的財政収支黒字化目標は生きている形になっている。しかし、骨太方針を通して『経済優先』のトーンは強まっている。骨太内で度々訴えられている『単年度主義の弊害是正』と2025年度基礎的財政収支黒字化目標は基本的にバッティングする概念だ。財政再建目標の優先順位は事実上低くなったと考えられる」
経済を優先する傾向が強まり、財政再建のトーンがはっきり弱まっていることに懸念を示すのだった。
(福田和郎)