日東紡の株価が2022年5月25日の東京株式市場で一時、前日終値比263円(11.7%)高の2506円まで上昇した。前日発表した自社株買いが材料となった。その後も上昇基調にある。高速大容量通信向けなどのガラス事業が好調なことも、後押しているようだ。
自社株買いは、自己株式を除く発行済み株式総数の7.0%に相当する273万株、取得価額50億円をそれぞれ上限とするもので、取得期間は5月25日~2023年5月24日まで。
自社株買いは流通する発行済み株式が減ることで1株当たりの利益が増えるため、株価上昇の要因になり、株主還元策の一つとされている。
台湾の新工場立ち上げなど主な投資案件が一巡したため、自社株買いに資金を振り向ける、ということだ。
次世代通信規格「5G」普及で需要伸びる「特殊ガラス」
ここで会社の状況や規模をみておこう。2022年3月期連結決算を確認すると、売上高は前期比6.8%増の840億円、営業利益は21.9%増の72億円、最終利益は19.5%減の65億円。
次世代通信規格「5G」の普及を受けて、その関連機器などに用いられる「スペシャルガラス」と呼ばれる特殊ガラスの需要が伸びている。このスペシャルガラスを含む「機能材事業」の売上高は、前期比12.7%増の229億円、営業利益は16.7%増の30億円と伸張し、全体の収益に貢献した。
医薬品などのライフサイエンス事業も売上高が前期比17.7%増の158億円、営業利益が前期比19.2%増の25億円と伸びた。最終利益の減益は前期に資産売却を行った反動なので、マイナス材料とは見られていない。
ちなみに、この業界で最大手と目される東レの2022年3月期の連結売上高が2兆2285億円に上ることを思えば、日東紡は中堅と言える規模だろう。
変化に適応し、変身を遂げた繊維メーカーの現在
ここで「この業界」について振り返ってみる。かつて日本の繊維産業は、日本の高度成長を支えた大きな柱だった。
思えば、沖縄返還交渉と並行して進んだ、繊維製品の対米輸出を巡る「日米繊維交渉」(1969年~1971年)は、世界的な競争力を持ち始めた日本製品の象徴でもあった。しかし、衣料用繊維の競争力保持者は、半世紀を経て中国勢に取って代わられ、「日米繊維交渉」の勢いは見る影もない。
だが、日本の繊維各社は、強化プラスチック用途の複合材、住宅向け断熱材、電子部品材料、航空機の素材などのメーカーとして存在感を示す方向へ――言い換えれば、化学メーカーへと変身を遂げた。なかでも、航空機の軽量化を可能にした東レの炭素繊維は、シェア世界一とまさに勢いに乗っている。
他方、日東紡は今も「肩パッドの材料」のような繊維事業を細々と続けているが、この事業の2022年3月期の売上高は25億円と、全体の3%程度に過ぎない。大手から中堅にいたるまで、日本の繊維メーカーは華麗なる変身を遂げたわけだ。
少し前になるが、大和証券は2022年3月1日付リポートで日東紡の目標株価を4200円から4300円に引き上げ、「スペシャルガラスの成長は再度、加速すると考えられる」と指摘した。
日東紡の株価は割安感があるともみられており、上値を追う展開が続く可能性もありそうだ。(ジャーナリスト 済田経夫)