「同窓会」か「初デート」か
フェイスブックによるインスタグラムの買収には、独占禁止法の疑いがあり、実現には半年ほど時間がかかったが、規制当局の承認が得られた。
ユーザーが異なる、とフェイスブック側は主張したのだ。フェイスブックは実名主義なのに、インスタグラムは匿名で使える。フェイスブックは互いに友達となる場であるのに対し、インスタグラムは一方的なフォローで構わない場。「同窓会」か「初デート」かとうまく比喩している。
しかし、買収されると、両者の違いがすぐに明らかになった。
インスタグラムのエンジニアはフェイスブックのカメラチームから「きみたちをつぶすことが我々の仕事だ」という話が出た。「中核製品に対する脅威となりうるのであれば、買収した会社を日干しにすることも辞さない」と言い出したのだ。
もっとも、ザッカーバーグがインスタグラムにある程度の独立性を認めたのは、シストロムが自分に似ていたと感じたからかもしれない、と著者は見ている。
東海岸の寄宿学校から有名私立大学というエリートコースを歩き、大学時代にはエンジニアリングと歴史を熱心に勉強した経歴はよく似ている。だが、2人の関係はビジネスライクだった。シストロムは自分の手から取り上げられないように注意しつつ、インスタグラムをフェイスブックにとって重要なものにしよう、と奮闘したという。
◆美意識を求めるシストロム、売上拡大を求めるザッカーバーグ
フェイスブックもインスタグラムも同じ会社が運営しているのに、ルールも戦略も大きく異なった。両者が伸びている間はそれでもよかった。インスタグラムのユーザー数はフェイスブックの3分の1に迫るくらいになったが、社員数はフェイスブックの1万人以上に対し、インスタグラムは200人もいなかった。
にもかかわらず、増員はなかなか認められず、広告事業に対する取り組みの違いなどが浮き彫りになった。広告にも美意識を求めるシストロムと、売上拡大を求めるザッカーバーグ。
24時間で投稿が消える「ストーリーズ」という機能は、インスタグラムがリリースし、収益も上がったが、この頃から親会社の影がちらつくようになる。
両者が「可処分時間」を奪い合う、いわば「共食い」をしていることにザッカーバーグは危機感を覚え始めるのだ。そして、2017年、フェイスブックからインスタグラムへのリンクを外すという挙に出る。
翌18年にインスタグラムのユーザー数は10億人に達する。しかし、採用は相変わらず抑制された。その瞬間、シストロムは悟った。「前進に必要な支援は提供されないんだ」。
シストロムとクリーガー、2人の共同創業者はインスタグラムを去ることをブログで公表した。その後、インスタグラムには親会社の「計測文化」が仕込まれた、と著者は書いている。
19年、インスタグラムの収益は200億ドルと、フェイスブック全体の4分の1を占めるほどになった。12年の10億ドルでのインスタグラム買収は、「歴史的なお買い得品」だったわけだ。
「文化に働きかけたい」と奮闘してきたシストロムだが、インスタグラムを去る結末となった。「買収の代償は、今後、インスタグラムのユーザーが払わされるものなのかもしれない」という一文で結んでいる。
(渡辺淳悦)
「インスタグラム 野望の果ての真実」
サラ・フライヤー著、井口耕二訳
ニューズピックス
2640円(税込)