いまやアジアだけにとどまらず、アメリカ、ヨーロッパなど世界中で熱狂的なファンを獲得したK-POP。本書「BIGHIT K-POPの世界戦略を解き明かす5つのシグナル」(ハーパーコリンズ・ジャパン)は、多くのアーティストのプロモーションにかかわった韓国のプロデューサーが「メガヒットの舞台裏」を解説した本だ。
「BIGHIT K-POPの世界戦略を解き明かす5つのシグナル」(ユン・ソンミ著、原田いず訳)ハーパーコリンズ・ジャパン
著者のユン・ソンミさんは、韓国の四大総合エンターテインメント企業の1つ、JYPエンターテインメントなど、いくつかのエンターテインメント企業でコンテンツの企画・制作・マーケティングに従事。Wonder Girls、2PMなどのアーティストにかかわった。
講師として、韓国のエンターテインメント業界に就職したい学生や業界に関心があるビジネスパーソン向けの講座を開いている。
慣例を破ったBTSのSNS活用
元々は韓国の読者向けに書かれた本だが、この訳書は日本のK-POPファンが読んでも興味深い内容になっている。なぜ、K-POPは世界中で支持されているのか、その秘密がわかるだろう。
K-POPの中でも、現在最も知られるBTSがなぜ成功したのか、その要因を分析している。1つ目の要因として、既存アイドルグループとの差別化を挙げている。
BTSはヒップホップグループとしてデビューし、ダンスミュージック中心の既存アイドルと音楽的な差別化を図った。だからこそ、アンダーグラウンドで有名だったラッパーのRM、SUGAをキャスティングしたという。
2つ目が、SNSを活用したコミュニケーションだ。デビュー当時、アーティスト個人やグループが自身の公式SNSアカウントを運営することは管理の面からリスクが大きいと考えられ、ファンとのコミュニケーションは制限されていた。
ところが、BTSはこうした慣例を破り、直接ファンとコミュニケーションした。アルバムの活動期だけにとどまらず、365日休むことなく、多様なコンテンツをSNSやYouTubeを通じて公開し、全世界から支持を集めた。
3つ目がそれまでのK-POP音楽とは異なり、10~20代が共感できるメッセージを音楽に込めたことだ。そうしたリアルなメッセージを一貫して発信したことが熱狂的なファンを生み、強力なファンダムの形成につながった、と見ている。
2020年の韓国の歌手別アルバム販売量の22.4%をBTSが占めている。2013年のデビュー当時のアルバム売上は約25万枚だったが、2020年2月には韓国音楽業界史上初となる累計2000万枚を突破。その存在感の大きさがうかがえる。
そして、BTSの成功は他のK-POPグループにも影響を与えたという。
最初から世界基準めざす
2019年7月1日から2020年6月30日までの1年間、全世界でつぶやかれたK-POP関連ツイートは61億ツイートにのぼるという。ユーザーが多い国の1位がアメリカ、2位が日本、3位が韓国だった。
韓国は内需市場の規模が小さいため海外進出が不可欠と考え、レベルを世界基準に合わせてアイドルの実力(歌やダンスなど)を平均的に底上げしてきたという。アイドルを企画し、練習生を採り、トレーニングする時点からグルーバル市場を目指しているのだ。
海外で通用するレベルまでコンテンツの質を上げるには時間がかかる。大手プロダクションの平均トレーニング期間は、3~5年で、長いと7年も練習生生活を送るケースもあるという。
それを支えるため、大規模な資本が必要だ。国内外の大企業、音源とアルバムを流通させるプラットフォームを持つ企業、まれに個人の目標と趣味のために投資を行う個人投資家もいるそうだ。
でが、プロダクションはどこで稼いでいるのか。韓国の四大総合エンターテインメント企業の事業部門別の売上比率を示し、アルバム、公演、マネージメント、コンテンツライセンスに基づくグッズや映像コンテンツの売上が4つの柱であることを示している。
最も大きな比重を占めるのが、アルバム関連ビジネスだ。
デジタル音源が中心になっているが、韓国ではアルバム市場が持続的に成長している。
「韓国では音楽を鑑賞するときにCDで聴くことはほとんどないにもかかわらず、アルバムの販売量は毎年増えるという不思議な現象が起こっている」
なぜなのか。これは、「アルバムは音楽を聴くために買うものではなく、忠誠度の高いファンダムが所蔵価値のために買う製品」という説明が面白い。
ファンあってこそのアーティストだから、ファンマーケターについても詳しく書いている。
アーティストの記念日を祝うパーティー、誕生日のイベント、音楽番組に来てくれたファンを招待したイベントなどを企画、実施。ファンとオンラインまたはオフラインでコミュニケーションを取るさまざまなコンテンツ配信を365日行っているという。その姿勢は「売る」のではなく、「知ってもらう」ことだ、とも書いている。
もちろん、日本のプロダクションも同様のことは行っているだろうが、こうした徹底ぶりが韓国の特徴ではないだろうか。こうして形成されたファンダムの強固さがK-POPの隆盛につながっているのだろう。
日本の若者の間にもK-POPは深く浸透し、「K-POPで学ぶ韓国語」といった本が出るほどの人気ぶりだ。ユン・ソンニョル大統領が就任し、日本との関係改善に意欲を見せている。
ちなみに、本書の末尾には韓国のエンタメ業界に就職するためのノウハウも載っている。日本の若者がK-POPを支える人材になる日も近いかもしれない。K-POPファンや日本のエンタメ業界で働く人に一読をススめたい。
(渡辺淳悦)
「BIGHIT K-POPの世界戦略を解き明かす5つのシグナル」
ユン・ソンミ著、原田いず訳
ハーパーコリンズ・ジャパン
1870円(税込)