自民党内が「積極財政派」と「財政再建派」に割れている。国の借金は2022年度末に国内総生産(GDP)の約2倍の1026兆円に達する見込みで、先進国で最悪となっているが、今夏の参院選を前に思惑の違いが表面化し、党の会合では両派が激しく言い争う泥仕合になっている。その余波は霞が関にも及んでいるようだ。
2025年度の財政再建目標、堅持か否か
現在、両派の対立の焦点となっているのが「2025年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を黒字化する」という従来からの政府目標の取り扱いだ。
PBは、社会保障や公共事業などの「政策経費」を新たな借金なしで賄えるかどうかを示す指標。最新の財政試算(22年1月18日発表)では、25年度のPBは、名目3%の高めの経済成長を前提にしても5.5兆円の赤字。これを黒字化するのは至難の業だが、黒字化の旗を降ろせば一段と財政規律が緩みかねないことから、経済政策の論争の火種になっている。
自民党の積極財政派の拠点となっているのが、高市早苗政調会長の直轄機関である財政政策検討本部。安倍晋三元首相が最高顧問を務め、2022年5月17日には、財政拡大の壁となっているPB目標の修正を求める提言を出した。
これに対し、財政再建派が集結しているのが岸田文雄総裁(首相)の直轄組織である財政健全化推進本部。最高顧問は麻生太郎副総裁で、5月20日に目標堅持を掲げる提言をまとめた。
政府は自民党の提言を受け、6月にも経済財政運営の基本方針(骨太の方針)を策定。これに沿ったかたちで2023年度予算の編成作業に入るのが、例年の流れだ。
しかし、党内が真っ二つに割れる中、正反対の提言を出されては、政府内の調整は難しくなる。このため、両本部の事実上のトップである安倍氏と麻生氏が水面下で調整を重ね、提言内容の修正を重ねるなど、対立の激化を避けようとしてきた経緯がある。
実際、財政政策検討本部がまとめた17日の提言は「カレンダーベースでの目標設定がマクロ経済政策の選択肢をゆがめることがあってはならない」と指摘したものの、政府目標については「十分に検証するべきだ」とするにとどめた。「目標の凍結など過激な文言はあえて控えた結果だ」(関係者)という。
これに対し、財政健全化推進本部の提言の取りまとめはもめた。財政再建を前面に出した提言を取りまとめようとしたため、19日の会合が紛糾。財政政策検討本部の幹部も乗り込み「約束違反だ」と反発するなど一触即発の事態となり、提言の決定は翌20日に持ち越された。
自民党内の対立は財務省にとって悩みの種
背景には、財政に対する見方の違いがある。
安倍氏をはじめとする積極財政派は「政府はまだまだ借金ができる。心配はいらない」として財政再建は当面、必要はないと主張する。安倍元首相の「日銀は政府の子会社」発言(J-CASTニュース 会社ウォッチ2022年05月22日付「『日銀は政府の子会社』...安倍氏発言は本音か?焦りの表れか?」参照)も、積極財政路線の延長上のものだ。
これに対し、財政再建派は「日本の財政は既に危機的な水準だ」とみる。さらに財政を悪化させる財政積極派の主張はとても受け入れられない、というわけだ。
政府の腰も定まらない。
松野博一官房長官は5月19日の記者会見で、政府目標について「目標年度の変更が求められる状況にはない。方針に変わりはない」と強調してみせた。
しかし、岸田首相は物価対策などに赤字国債で大盤振る舞いするほか、来日したバイデン米大統領に防衛費の積み増しを約束するなど、財源の確保策を示さずに「ばらまき」に邁進する。財政をどうしたいのか、岸田政権としての明確な方向は見えてこない。
この状況に危機感を強めるのが財務省だ。永田町をまわり、財政再建をあおろうと必死だが、参院選が近づく中、財政拡大圧力をかわすのは難しい状況だ。
20日未明。衝撃的なニュースが永田町・霞が関を駆け巡った。財務省の小野平八郎・総括審議官(その後、官房付に更迭)が、東急田園都市線の車内で酒に酔って他の乗客を殴ったなどとして警視庁玉川署に逮捕されたのだ。
総括審議官は省トップの事務次官への登竜門と目される出世コース。永田町の政治工作もこなす要職だ。
将来を約束された財務官僚の逮捕の一報に、霞が関では「自民党内の対立は財務省にとって悩みの種。小野氏も対策がうまくいかず、深酒に走ったのではないか」という同情論まで飛び出す始末だ。
財政政策の方向感は定まらず、自民党内の対立も続きそうだ。(ジャーナリスト 白井俊郎)