値上げの動きはいったいどこまで広がるのだろうか。
総務省が2022年5月20日に発表した4月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前年同月比でプラス2.1%と、3月の同プラス0.8%から一気に上昇した。消費税率引き上げの影響を除くと、2009年9月以来の高い水準だ。
働く人の賃金引き上げの動きが鈍いままの「悪いインフレ」が続く......。そう指摘するエコノミストもいる。そうなると、人々はどんどん貧しくなる。解決策はないのだろうか。
食費だけで2人世帯、年間約3.8万円の負担増
総務省の発表によると、資源高で電気代やガソリン価格などエネルギー関連が大きく上昇、原材料高で食料品も上がったことが特徴だ。品目別に見ると、エネルギー関連が19.1%上昇。電気代は21.0%、ガソリンも15.7%上がった。
生鮮食品以外の食料は全体で2.6%上がった。原材料価格の高騰で、食パン(8.9%)やハンバーガー(6.7%)、調理カレー(16.5%)、食用油(36.5%)などの上昇が目立った。
さらに、生鮮食品は12.2%も上がった。なかでもたまねぎ(98.2%)やキャベツ(49%)などの高騰が際立つ。ノルウェー産のさけも13%上がったが、ウクライナ情勢悪化によってロシアを迂回して運ぶコストがかさんだためだ。
一方、日本経済研究センターがまとめた民間エコノミストの経済予測「ESPフォーキャスト調査」によると、物価上昇率は4~6月期が前年同期比プラス1.94%、7~9月期が1.90%、10~12月期が1.88%となっており、インフレが年内も続く可能性が高い。
エコミストたちはどう見ているのだろうか。
物価がどんどん上がるなか、最も身近な「朝ご飯」の値段に注目したのが、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。熊野氏のリポート「朝食価格指数は5.2%まで上昇~さらに値上がりする食料費~」(5月20日付)では、「朝食価格」を構成する10品目の上昇に着目した。
「朝食価格を構成する10品目をみると、小麦製品であるパン(前年比7.7%)だけではなく、コーヒー・ココア(同12.1%)、マーガリン(同8.6%)と上昇幅が大きい(図表1参照)。シリアル、ジャム、砂糖も値上がりしている。これらは、国際商品市況が上がり、さらに相乗効果として円安が効いていることがある。年間の費用負担で換算すると、1世帯当たり約5000円の負担増になる計算だ。これは、世帯収入が賃金上昇で潤っていなければ、非常に痛い打撃になる」
一方、食料品全体も1月からの前年比は2.1%⇒2.8%⇒3.4%⇒4.0%と駆け足の上昇だ。熊野氏の試算によると、2021年の家計消費支出のうち、食料費(含む外食)は、2人以上世帯で約95万円だ。それが前年より4.0%増加しているとすれば、実額で約3.8万円(毎月約3200円)の増加になる。熊野氏は、
「2022年のエンゲル係数(家計の消費支出に占める食料費の比率)は、物価要因だけで過去最高になりそうだ。日本の自給率は低く、輸入食料が多い分、こうした物流コストは食料品価格に上乗せされる。ウクライナ侵攻が収まらなくては、国際物流は正常化していかないだろう。従って、日本の食料費はまだ価格上昇していく可能性が高い」
と、指摘する。
低所得層や高齢者層への打撃は大きく...
食料品とエネルギーという、まさに「生活必需品」が上がっているわけだから、低所得層や高齢者層の打撃が大きく、人々はどんどん貧しくなると警鐘を鳴らすのは、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミスト木内登英氏だ。
木内氏のリポート「2%を超えた物価上昇は日本経済に有害」(5月20日付)の中では、原油価格がさらに上昇するとともに、円安が1ドル=140円台にまで進むと、今年末時点での消費者物価指数はいよいよ「プラス3.1%」にまで達する恐れがある、と指摘する。そうなると、どうなるのか。
「3月時点で、1人当たり賃金上昇率から消費者物価上昇率を引いた実質賃金上昇率は前年比でマイナス0.3%、賞与、残業代などを除いた『きまって支給する給与』で見ると同マイナス0.8%である。賃金上昇が物価上昇に追い付かずに購買力が低下し、消費者はどんどん貧しくなっていっているのである」
しかも、経済学の原則でいうと、普通、物価が上昇すると賃金も上昇するものだが、木内氏は「日本経済の実力に照らして物価上昇率は高すぎる状況だ」という。そして、賃金上昇は期待できないため、日本銀行にこう注文するのだった。
「この状態が続けば、消費者の物価上昇率見通しはさらに上振れ、個人消費はさらに悪化するだろう。こうした状況の下では、金融政策を通じて、さらなる物価上昇を食い止め、個人の物価上昇率見通しが一段と高まることを防ぐ、というメッセージを中央銀行が送ることが求められる」
「米国で行われているような急速な金融引き締め策を日本で実施することは現実的ではないが、物価の安定回復に向けた意思を日本銀行が改めて示すことが、経済の安定維持には必要だろう」
「現状のように日本銀行が金融緩和を修正することを強く否定すればするほど、円安進行に後押しされる形で個人の物価上昇率見通しは一段と高まり、それが日本経済をより不安定にさせてしまうのではないか」
岸田政権の給付金と補助金は期待できない
なにか、物価高を抑える抜本的な対策はないものだろうか――。そこで、岸田政権に消費税の軽減税率引き下げを主張するのが、第一生命経済研究所の首席エコノミストの永濱利廣氏だ。
永濱氏のリポート「岸田政権の物価高対策に対する評価(1)~需要喚起を優先すれば、補助金や給付金よりも減税の方が効果的~」(5月10日付)では、まず岸田政権が掲げている生活困窮世帯に対する給付金については、「需要喚起という意味では大きな効果は期待できないだろう」とする。
また、ガソリン価格高騰を抑える補助金については、「給付金同様に需要喚起の効果は未知数。消費者ではなく元売りに補助金を出す仕組みになるため、ガソリンの小売価格がそのまま下がるとは限らない」と批判する。
それに比べると、消費税の軽減税率引き下げは、
「もらえる人とそうではない人との不公平感が高い給付金や補助金よりも、使った人が恩恵を受ける減税のほうが需要喚起の効果が高いことになる。このため、特に物価高対策という意味では、ウクライナ戦争で物価高を余儀なくされる生活必需品の価格を抑制する消費税の軽減税率引き下げが効果的だといえよう」
と、訴えるのだった。
ちなみに、永濱氏は、
「消費税というと、社会保障と紐づいているため下げられないという意見が必ず出てくる。しかし、消費税率を5%⇒10%に引き上げたことで得られた恒久財源13.2兆円のうち、社会保障に紐づいているのは8.2兆円であり、残りの5.1兆円は債務返済に回っている(図表2参照)。一方で、軽減税率は年間1兆円の財源があればマイナス2%分引き下げられる」
と、説明している。
(福田和郎)