国際的にロシアに対する批判が高まりをみせて、欧米企業の全面撤退が進むなか、ロシアに進出した日本企業の「脱ロシア化」の動きが鈍っているという。
帝国データバンクが2022年5月19日に発表した「緊急調査:日本企業の『ロシア進出』状況調査(5月)」で明らかになった。今年3~4月まではロシア事業の停止や撤退表明が急ピッチで進んだが、5月に入ってから事業停止が半減したという。
むしろ5月に入ってから戦争が激化、悲惨さを増したというのに、この欧米企業との温度差はなぜ? 日本企業は大丈夫なのか? 調査担当者に聞いた。
ロシアから撤退した欧米企業300社、日本3社
ロシアに進出している外国企業の動向を毎日調査している米エール大学によると、2022年5月17日までに判明した、ロシアの軍事侵攻を受けてロシア事業を見直した企業は全世界で1000社に上った。このうち、ロシア事業を完全に撤退する企業は300社を超えた。仏ルノーや米マクドナルドなどをはじめとした欧米企業でその姿勢が際立っている。
国内企業はどうだろうか。帝国データバンクの調査によると、2022年2月時点でロシアへの進出が判明した国内上場企業168社のうち、5月17日までにロシア事業の停止や制限・撤退を発表・公開した企業は、4割にあたる71社となった=図表1参照。
また、3月時点ではロシア事業の停止や制限を発表する企業が計37社(全体の22%)、4月では60社(前月比プラス23社、全体の36%)と加速する動きが見られたのに、5月には71社(前月比プラス11社、全体の42%)と、事業停止を表明する企業数の増加ペースが鈍化した。また、4月までに3社が「完全撤退」を明言していたが、それ以降から5月17日までの時点ではゼロだった=再び、図表1参照。
帝国データバンクのリポートでは撤退した3社の企業名を明らかにしていないが、J-CASTニュース会社ウォッチ編集部が報道や企業のホームページなどで調べていくと、撤退したのは、NTTデータ(東京都江東区)、自動車部品大手ティラド(東京都渋谷区)、モスクワ市内にボウリング場とカラオケなどの複合施設を運営していたラウンドワン(大阪市中央区)の3社とみられる。
社会的評判・ブランドイメージを重要視するなら...
また、事業停止や中断となった企業の内訳を見ると、製品の出荷・受注などを含む「取引停止」が33社で最も多かった。次いで、現地工場の稼働停止など「生産停止」(14社)が続く。完成車メーカーを中心に、部品在庫の減少などから生産停止が相次いだ。店舗や、現地の販売活動などを含めた「営業停止」は10社となった=図表2参照。
このように、欧米の企業に比べ、急に「脱ロシア化」のスピードが遅くなったのはなぜだろうか。リポートでは、こう説明している。
「多額の損失を計上しつつもロシア事業からの『全面撤退』を表明する欧米企業との温度差が、ここに来てより鮮明となっている。米欧各国をはじめとした対ロシア制裁の内容も厳しくなるなど国際的な対ロ非難が長期化するなか、ビジネス環境や収益機会が正常化する道筋も現時点で立っていない」
「(日本企業も)特に海外シェアで多くを占める企業を中心に、レピュテーションリスク(社会的評判・ブランドイメージ棄損)の高まりによる信用低下を回避する観点から、ロシア事業の撤退といった判断を迫られるケースが今後増えるものとみられる。ただ、市場からの完全撤退は『市場再参入のハードルが高い』など課題も多く、事態の見極めとロシア事業の将来性を鑑みた難しい判断が求められる」
日本企業の迷いと様子見の姿勢を説明するのだった。
ロシアとの取引は株主が「許さない!」
しかし、このリポートでは、なぜ欧米企業と「温度差」があるのかよくわからない。そこで、J-CASTニュース会社ウォッチ編集部では、調査を行った帝国データバンクの担当者に話を聞いた。
――欧米の企業に比べてなぜ日本企業の撤退の数が少なく、またここに来て事業停止の動きが鈍化しているのでしょうか。
担当者「リポートでも指摘したレピュテーションリスクの意識が日本企業にはまだ低いのではないかと思います。欧米では、ロシアのような非道な振る舞いをする国と取引することは、何よりも株主が『許さない!』という傾向が強いです。
環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮した企業に投資する『ESG投資』の考え方が進んでいますから。企業側もロシアからの撤退によって受ける損失と、投資家から激しく突き上げられて企業イメージがダウンする損失を測りにかければ、早々と撤退したほうがリスクは少ないという計算もあるでしょう」
――日本の「ESG投資」はまだまだで、「もの言う株主」が少ないですからね。
担当者「それと、危機管理態勢に違いがあると思います。ヨーロッパは地続きなので、他国に進出する時は万が一に備えて常にカントリーリスクを把握し、計算したうえで行います。また、非常事態に備える国外危機管理保険をかけたり、事前に撤退する時の『出口戦略』を決めておいたりすることが多いと聞きます」
岸田政権「撤退するかどうかは企業のご判断で」
――なるほど。それにして、ここに来て「ロシア離れ」の動きが鈍ってきたのはなぜでしょうか。ロシアとウクライナの戦争の行方をうかがう「風見鶏」のような印象を受けます。
担当者「率直に言って、日本政府の対応に腰が定まっていないから、企業側も迷っている面があると思います。G7(主要7カ国)でロシアからの石油・天然ガスの輸入禁止を決めました。政府はその経済制裁に同調しながら、日本がロシア極東で進めている天然ガス開発の『サハリン1』『サハリン2』の権益は放棄しない方針を発表しました。
『サハリン1』は丸紅が米国のエクソンモービルなどと共同開発していましたが、エクソンモービルが撤退を発表しました。5月6日の記者会見で丸紅の柿木真澄社長は『できれば撤退したい気持ちはあるが、日本のエネルギー事情への影響を踏まえれば、撤退しないとする政府の方針に従わざるをえない』と述べています。あの苦渋に満ちた丸紅社長の表情が、ロシアに進出した企業経営者たちの迷いを表しています。
『サハリン1』などについても政府の対応は表向き、『撤退するかどうかは、企業さんのご判断で』という立場です。企業側にすれば、政府が欧米のように、もっとはっきり『ロシアから撤退すべきだ』という姿勢を打ち出してくれれば、株主や取引先に説明できます。政府があいまいだから、自分1人で責任を負わなくてならない。ここは政府の『お墨付き』がほしい、というのが経営者の正直なホンネだと思います」
米名門大のロシア進出企業実態調査、「日本企業は中国国営企業などと同列に...」
――たしかに、欧米ではロシアで営業を続けている企業に対する批判は非常に強いです。米エール大学経営大学院が毎日ホームページで更新しているロシア進出企業の実態調査では世界の企業約1000社の動向を1社1社丹念に調べていますが、事業を続けている企業に対するコメントが辛らつです。日本語にすると、「引き続きロシア企業に協力中」「普段と変わらず営業中」「さらにビジネスを拡大」「積極的にロシア人社員を採用」「釈明を拒否した」といった調子です。
担当者「けっこう厳しい表現です。エール大学経営大学院のサイトでは、日本企業がロシアに友好的な中国国営企業やインド企業と同列に見られています。ロシアで事業を続けることが、欧米ではどう思われているのか、経営者たちはこのサイトを見たほうがいいと思います」
――ロシアに進出している日本企業の動きは、今後はどうなるでしょうか。
担当者「ターニングポイントが大きく2つあると思います。まず、6月に集中する株主総会。ここで、『まだロシアで事業をやっているのか!』と批判されれば、撤退も考えざるをえなくなるかもしれません。また、今のところG7の経済制裁に参加しているとはいえ、ロシア・日本間のモノの動きの規制は欧米よりは緩やかですが、もっと制裁が厳しくなると、同じ制裁を課せざるを得なくなるでしょう。
もう1つは、ロシアが核を使うとか、一線を超えた場合です。そうなったら、いさぎよくあきらめるしかないでしょう」
なお、調査は今年2月月時点でロシアに生産や販売の拠点がある上場企業168社を対象に、2022年5月17日にまでに、ロシアでの事業活動状況を聞いたものだ。
(福田和郎)