妻にバレないように書いたのが「ローマ字日記」
「ローマ字日記」はその名の通り、ローマ字で書かれています。妻にバレないようにするため、ローマ字表記にしたのです。そのいくつかを紹介しましょう。
<訳文>
「以前、予は人の訪問を喜ぶ男だった。したがって、一度来た人にはこの次にも来てくれるように、なるべく満足を与えて帰そうとしたものだ。何というつまらぬことをしたものだろう! 今では人に来られても、さほど嬉しくもない。嬉しいと思うのは、金のないときに、それを貸してくれそうな奴の来たときばかりだ」
この後、「しかし、予はなるべく借りたくない」と続きますが、啄木は26年の生涯で、現在に換算して1500万円ほどの借金をし、金田一京助をはじめ友人や知人に頻繁にお金をせびっていたことがわかっています。
<訳文>
「早く起きて、麻布霞町に佐藤氏を訪ね、来月分の月給前借のことを頼んだ。今月はダメだから、来月の初めまで待ってくれとのことであった。電車の往復、どこもかしこも若葉の色が眼を射る。夏だ! 社に行って何の変わったことなし。昨夜、最後の1円を不意の宴会に使ってしまって、今日はまた財布の中にひしゃげた5厘銅貨が1枚。明日の電車賃もない」
本書では500を超える名言・名文が取り上げられています。しかし、不思議なことに、これらの「憂鬱名言」を読んでいると、なぜか元気が湧いてきます。文豪は「言いたいこと」を素直に、極端に、鋭利に言ってくれるので、爽快感の切れ味が違うのです。
憂鬱気分のときに「頑張れ」と言われても、ツラいものがあります。文豪たちの名文とともに、たっぷりマイナス気分に浸ったあとは、プラスの感情しか湧いてこないのではないかと思えてきます。憂鬱、絶望、厭世、狂気に満ちた本書を読めば、文豪がますます好きになることは間違いないでしょう。ポジティブに、憂鬱気分に浸ってみませんか?
(尾藤克之)