蛇口をひねれば飲み水が出てくる、当たり前の生活――。そんな当たり前の生活ができる国は、じつは国連加盟国193か国の中でも15か国しかないといわれている。それが、日本人の多くは想像もできない現実なのだ。
SDGs(持続可能な開発目標)の17の目標においても、目標6「安全な水とトイレを世界中に」に掲げられている。「安全な水」が得られない人は、多くの人が知っている事実である。
「世界中のすべての人々に安全でおいしい水を平等に」を掲げて、世界で初めて、空気から水を生成する「IZUMIせせらぎ」の開発、販売している株式会社 Ai Heart Japan(アイハートジャパン、愛知県安城市)の木村幸雄社長に聞いた。
多くの国は労力と時間、費用をかけて「命の水」を得ている
SDGsの17の目標は不可分であり、すべてがつながっている。その不可分を、より理解できるのが17の目標にすべて関わっている「水」である。生きるための水、どのような環境下においても、人は水を求める。
私たち日本人は、世界から見れば奇跡的に水に恵まれた環境であることを、ほとんど意識しておらず、水がある日常が当たり前であり、水を大量に使うことで産業が成り立っているということを、実感として持つ人は多くない。
その反面、多くの国では、労力、時間、お金を費やし、また平和を保ちながら、命の水を得ているのである。
ところで、私たちが使える水はどれほどあるのだろう? 「水の惑星・地球」といわれているが、そのうち約97.5%は海水であり、私たちが利用できる淡水は約2.5%しかない。さらに、その中で約70%が南極や北極の氷雪であり、また地下800メートルよりも深いところにある地下水が多い。簡単に取水できず、実際に利用できるのは、地中のごく浅い場所にある地下水、川、湖、沼など地表にあるもので、その割合は地球全体の水の約0.02%である。
わかりやすくするため、家庭の浴槽を地球全体の水の量と置き換えたなら、私たちが利用できる水は、スプーン1杯分しかなく、その1杯分で世界中の人が暮らしているわけである。
「水を楽しむ」ことにまで技術を追求
空気から水を作る装置は、何年か前より海外では発表され、販売されている。この仕組みは、一般に「冷媒式」と呼ばれ、取り込んだ空気を一気に冷やし、外気との温度差で結露を発生させて水を生成する方式で、エアコンの室外機などと同じ仕組みの装置である。
しかし、この仕組みは気温が15度以下になると、水が生成できないという弱点を持っているので、砂漠でも寒暖差の大きな地域や、気温が低くなるところでは、水が生成されないことがある。
そのような弱点を克服したのが、アイハートジャパンが開発した「IZUMIせせらぎ」である。この装置の仕組みは、世界初の「吸着式」と呼ばれ、空気中の水分を特殊なフィルターに吸着させ加熱。気化した空気を常温に戻す段階で水を生成する仕組みを取っている。自然界にたとえるなら、この装置の中で、「温めて → 雲を作り → 雨を降らせる」というような、自然界の仕組みを再現している。
この方式だと、気温が1度以上あれば、飲料水が生成可能となるので、世界の幅広い地域での利用が可能になってくる。
その他に製品の軽さや冷媒ガスが不要なこと、静音、水を作り出すまでが短時間(30分)といった特性を生かして、水道のインフラのない国や地域のほか、仮設住宅やクルマ、船、列車、ガスの持ち込み禁止の飛行機などの乗り物での活用が有効であるのと、短時間で製水できることで、災害時の避難場所には大いに役立つことが予想され、ある自治体ではすでに、この装置の導入を検討しているという。
次に、製水された水の質はどうなのか? おいしさが気になるところだが、硬度が1リットルあたり6ミリグラムの超軟水でまろやかさが感じられ、造り酒屋さんからも絶賛の品質。緑茶やコーヒーにも適し、特に和食における出汁や旨味、香りなどを引き出しやすい特徴をもつとされている。
もちろん、おいしさだけではなく。水質基準は厳しい食品衛生法の26項目もクリアしていて安全面でも安心の水である。となれば、誰もが一度は飲んでみたいと思うだろう。
ただ単に、空気から水を作るだけではなく、その水を楽しむことにまで技術を追求したことは、日本人ならではのモノづくりの真骨頂ではないだろうか。
一日に約100リットルの水を作る装置
現在、IZUMIせせらぎは、次のステップへ一歩踏み出している。それは、産業用の水を一日に約100リットル作る大型製水機の開発で、大量の水を必要とする場面で大きな力を発揮するはず。たとえば、災害時にトラックに積んだ移動用の製水機は、水耕栽培や水槽、養殖、屋上庭園や、この装置の特性を逆に生かして、湿気を嫌う工場などの設置でも有効で、その活用はこれからも増えていくとみられる。
また、水の性質を生かした新たな飲料水やコスメ商品なども考えられるかもしれない。
そもそも「IZUMIせせらぎ」は、取締役の石川佳照氏がインドで安全な水を得ることの難しさの実体験がきっかけで研究、開発され、製品化された。 空気から水を作ることは、凄いイノベーションが起きたことだ。しかし、この取り組みが凄いのは、今後の水の供給において、水道インフラを用いない、社会的な仕組みのイノベーションも起こしたことだと考える。
水道管がなくても、井戸がなくても、自由に水が使える社会になった時、さらなるイノベーションが生まれるのではないか。今後、アイハートジャパンはこれらの知見と技術をオープンイノベーションとして公開し、自社以外の組織や機関とパートナーシップを組み、さらなる発展に向かう、注目したい企業のひとつだと感じている。
(清水一守)