インフレの加速で先行き不透明感を増す米国経済に続き、中国経済の減速が鮮明になってきた。
オミクロン株の感染再拡大が止まらず、経済の中心地・上海のほか主要都市のロックダウンが加速しそうだからだ。
2つの超大国の落ち込みに世界経済はいったいどうなるのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
中国景気の減速が日米の企業に打撃を与える
2022年4月30日、中国国家統計局が発表した4月の製造業購買担当者指数(PMI)は世界の金融市場に衝撃を与えた。「47.4」というその数字は、3月の49.5からさらに低下し、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2年前の水準に逆戻りしからだ。
製造業PMIとは、企業で原材料や部品などの仕入れを担当する購買担当者のシビアな景況判断を数値化したものだ。「50」をボーダーラインに、数値がこれを下回れば景気が落ち込んでいる、と考えている人が多いことを示している。内需が鈍化していることは明らかだった。
国家統計局はプレスリリースでは、製造業活動の悪化は最近のコロナ感染の広がりで減産、あるいは生産自体の停止を余儀なくされる企業も出ているからだ、と説明している。
中国経済の減速をエコノミストたちはどう見ているのだろうか。
「中国景気の減速が日米の企業に打撃を与える心配がある」と指摘するのは、野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏だ。石黒氏のリポート「コロナ感染再拡大で高まる中国リスク」(5月2日付)は、前述の4月の中国製造業PMIに注目した=図表1参照。
「中国製造業PMIは47.4(前月比2.1ポイント低下)と2か月連続で好不況の分かれ目となる50を下回りました。3月から各地で続く(新型コロナの)都市封鎖の影響を大きく受け、生産や新規受注、サプライヤー納期などの指数の悪化が目立ちます」
「中国景気の下振れは日米企業の業績に影を落とします。過去にも中国製造業PMIが50を下回り、中国景気が悪化した局面では、S&P500種株価指数やTOPIX(東証株価指数)の12か月先予想EPS(1株当たり利益)の伸び鈍化や減少につながった経緯があります=再び図表1参照」
そして、「中国リスク」だけでなく、ウクライナ情勢悪化や米金融引き締め加速などもあり、世界の株式市場は波乱含みの展開となっているため、
「当面は不安定な相場局面が続きそうですが、複数回に分けて投資する『時間分散』を心掛けることが重要といえそうです」
と、アドバイスしている。
各国の株式市場は「中国の感染動向に、悪いシナリオ織り込み始める」
三井住友DSアセットマネジメントのチーフマーケットストラテジスト市川雅浩氏は、リポート「中国リスクへの警戒を強める株式市場」(4月27日付)のなかで、上海市だけでなく、北京市など重要都市にも「都市封鎖」(ロックダウン)の動きが広がっていることが今後の懸念材料だとする。
図表2は中国の都市別GDPランキングのトップ5だが、2位北京市、6位の江蘇省蘇州市にも現在、感染が拡大しているからだ。
「上海市では3月28日に東部からロックダウンが始まりましたが、約1カ月経過した現在も、全面解除は依然見通せない状況です。4月16日には江蘇省蘇州市と陝西省西安市で移動制限が始まり、北京市では4月25日から(中略)住民や区内への通勤者全員を対象としたPCR検査が開始されました」
「中国政府は原則として、感染者を徹底的に抑え込む『ゼロコロナ』政策を維持しており、(中略)感染者数が急増した場合は、ロックダウンの対象地域が広がることも想定されます」
しかも、中国の上海総合指数はここ数日で下げ足を速めている=図表3参照。市川氏はこう警戒する。
「日本では今週から3月期決算企業の決算発表が本格化していますが、各社が今年度の業績予想における中国リスクについて、どのような見解を示すのか、市場の注目が一層集まると思われます。なお、各国の株式市場は、中国の感染動向について、ある程度、悪いシナリオを織り込み始めており、短期的には軟調な動きが予想されます」
ワクチン接種数が増えると行動制限を厳格にする
中国の新型コロナ感染がどこまで拡大するかが注目だが、中国の過剰ともいえる「ゼロコロナ」政策が続く限り、中国経済は大幅に減速する可能性がある、とするのは、三菱総合研究所の政策・経済センターの金城大介氏だ。
金城氏のリポート「ゼロコロナ政策に揺れる中国経済」(4月28日付)のなかで、中国とドイツ、英国の行動制限の厳格度とワクチン接種率数を比較するグラフを明示した=図表4参照。
これを見ると、ドイツや英国はワクチン接種者数が増えると、行動制限を緩和しているのに、逆に中国は強める傾向にあることがわかる。そのため、消費活動がすっかり冷え込み、小売業や自動車の売上は急落している=図表5参照。
金城氏はこう指摘する。
「ゼロコロナ政策は、消費の冷え込みをもたらしている。小売売上は、好調な自動車販売を牽引役に22年1~2月期は前年比プラス6.7%であったが、22年3月には、一転、同マイナス3.5%に悪化した(再び図表5参照)」
そして、こう結んでいる。
「中国政府は、公共事業の前倒し、金融緩和を実施済みで、今後もゼロコロナ政策による景気の下振れに配慮した政策実施が見込まれる。但し、コロナの封じ込めは難しく、地域的広がりが予想されるなか、ゼロコロナ政策の修正がない限り、22年の実質GDP成長率は政府目標5.5%を下回ることになろう」
聞こえてくるのは当局への怨嗟の声ばかり
一方、新型コロナの再拡大以前に、習近平指導部の「失政」が経済失速の原因を作っていたと指摘するのは、公益財団法人・国際通貨研究所上席研究員の梅原直樹氏だ。
梅原氏のリポート「悪化する中国の経済状況とウクライナ危機への対応」(4月27日付)では、習近平指導部は「改革開放路線」の評価を引き下げ、旧来の社会主義イデオロギーである「共同富裕」(貧富の格差を是正し、すべての人が豊かになることを目指す)を掲げたことを問題視した。十分に「共同富裕」の青写真がないまま習近平氏が走った、と梅原氏は説明する。
「長期的な経済運営方針は骨格がまだ十分に固まっていないようにも見える。例えば、格差是正の具体的な実現方法の青写真も内部で議論が尽くされていないと見られ、成長と分配のバランスをどう取るのか、国家統制の強化とルールに基づく市場の運営の拡大をどうバランスさせるのか(中略)等々、中国共産党の『指導方針』は必ずしもしっかりと固まっているように見えない」
この結果、「独占の弊害を取り除く」と言いながら国有企業は対象外におかれた。不動産バブルを招いたとして、民間大手不動産は資金調達の規制が強化された。大手ITプラットフォーム企業は、運営ルールの厳格化で「懲罰」を受けた。このため、民営企業家の心理は萎縮し、新規雇用が減った。「これは間違いなく内需に悪影響を与えている」と、梅原氏はいう。
「そこにオミクロン株の流行が重なる。政府の対策は2020年の武漢危機の時と基本的に変わっていない。いわゆる『ゼロコロナ』政策であり、(中略)陽性が出た場合、居住地域の人々を強制隔離し、ウイルスを封じ込める。成果を上げれば、人々は共産党の偉大さに感謝することが求められる」
「今聞こえてくるのは当局への怨嗟の声である。そしてオミクロン株による混乱は上海にとどまらず他都市でも再現される可能性がある。今後、政府がよほど強い対策を打たないと景気回復が進まない可能性がある」
学生にまん延する「スロー族」と「寝そべり族」
こうした経済の失速を受けて、「史上空前の数の大学生が就職難に陥っている」と指摘するのは、公益社団法人・日本経済研究センターの首席研究員兼中国研究室長の湯浅健司氏だ。
湯浅氏のリポート「中国で浮上する新卒の就職難社会問題に」(4月27日付)のなかで、
「企業の採用意欲は盛り上がらず、これらが就職難を招いている。経済の一段の減速は就職難による失業の増大と社会不安をもたらす可能性がある。若者の間では無力感も漂い、就職を先延ばしする『スロー族』も増えている」
と述べている。
中国の卒業シーズンは6月だが、進学率の向上で今年の大学卒業生は1076万人と、史上初めて1000万人を突破する=図表6参照。だが、人民大学などの名門校でさえ、全員が希望通りに就職できない状態だ。ところで、「スロー族」とは何だろうか。湯浅健司氏はこう説明する。
「かつて文化大革命期には都市部の就職難を解消するため、学生ら強制的に農村に移住させる『下放政策』が行われた。いくら習近平氏が毛沢東氏と並ぶ指導者を目指していると言っても、現代中国ではこんな荒療治は無理だろう」
もっとも、就職難は学生の側にも原因があるという。中国の製造業、とくに成長分野の半導体などハイテク業界は優秀な人材を必要としているが、安定志向が強い学生はハイテク業界を敬遠する傾向があるという。
「学生は恵まれた環境で育った『一人っ子』が少なくない。彼らの多くは都会での穏やかなデスクワークを望む。理想の職業がみつからなければ卒業しても無理をして就職せず、しばらくは両親のやっかいになってブラブラする『スロー就職(慢就業)族』と呼ばれる若者も増えている」
「中国ではこれまで、将来を高望みしない若者を指す『寝そべり族』の蔓延が社会問題となっており、習指導部はこれを強く叱責してきた。失業者の増大だけでなく『スロー族』という新たな『民族』問題も、習氏を悩ませることになりそうだ」
こういう若者が増えていることこそ、中国経済の活力を失わせる大問題ではないのか。
(福田和郎)