米起業家で電気自動車大手「テスラ」などを率いるイーロン・マスク氏が、米SNS大手ツイッターに買収を提案した。ツイッターは買収防衛策の検討に入るなど反発しており、このままマスク氏による敵対的買収に発展する可能性が高い。
マスク氏、買収の大義名分に「言論の自由」の維持
マスク氏は2022年4月4日、約9%分のツイッター株を取得したと表明したのが、事の発端だ。
この後、同社の取締役就任に向けた手続きを進め、ツイッターはマスク氏が取締役に就任すると発表までした。ところが、9日になって突如、取締役の辞退を通告。わずか数日の間に「何か」があったようだ。
13日になると、辞退の理由が判明する。マスク氏が残る90%超の株式を1株当たり54ドル20セントで購入する「買収提案」の内容が明らかになった。戦略を全株買収に切り替えたということだ。
ツイッターはこれに反発。取締役会で15日、ポイズンピル(毒薬条項)と呼ばれる企業買収防衛策の導入を決めるなど、対立姿勢を鮮明にしている。これに対し、マスク氏は買収案が実現すれば、ツイッター取締役会の報酬をゼロにするとアピールするなど、半ば公開で攻撃しあっている状況だ。
なぜ、こうした事態になったのか。双方の事情を分析してみよう。
マスク氏が今回、買収の大義名分に掲げたのは「言論の自由」の維持だ。ツイッターなどSNSは近年、投稿内容に対する監視・規制を強化している。ツイッターが2021年、過激なコメントで暴力を扇動したとして、ドナルド・トランプ氏のアカウントを永久停止したのはその一例だ。
こうしたSNSの姿勢はネット空間の言論の自由を狭め、「自由な言論プラットフォーム」というSNSの機能を失わせる――というのがマスク氏の表向きの主張だ。
マスク氏は買収提案直後の講演で、「法律の範囲内で自由に発言できることこそが重要なんだ」と叫んでみせるなど、「自由」を守る戦士をアピールしている。
だが、そうした華々しい言動を額面通り受け取る向きは少ない。隠された「裏の事情」も垣間見える。
本気で経営に乗り出すのか? 株価つり上げ狙い?
マスク氏は自身のツイッターで株式の売却や他社の買収といった「機微情報」を頻繁につぶやいてきた。なかには、市場操作まがいの問題投稿も少なくなく、米当局からたびたび、警告を受けてきた「前歴」がある。
今回のツイッター株取得に際しても、自身のツイートを利用して、不正に株価をつり上げた疑惑がささやかれている。マスク氏が本気でツイッターの経営に乗り出す気があるのか、懐疑的な見方は根強い。
米国内では「買収提案はツイッター株取得時の疑惑をごまかし、株価をつりあげるいつものパフォーマンスに過ぎない」という冷ややかな声も少なくない。
一方で、ターゲットにされたツイッター側も大きな顔はできない。ツイッターの1日当たりの利用者数は2億人超を誇るが、ライバルのフェイスブックは平均で1日20億人近い利用があり、大差をつけられている。
経営面でも2013年の上場以来、ほとんど黒字を出せない低空飛行を続けている。苛立った「物言う株主」に揺さぶられ、経営陣の交代を強いられるなど経営が安定しているとは言い難い状況だった。
米メディアは、マスク氏の買収提案とツイッター側の買収防衛策発表を受け、すでに複数の機関投資家がホワイトナイト(友好的な買収者)などとして興味を示している、と伝えられている。マネーゲームの様相を呈し始めているわけだ。
社会的責任重いSNS、個人の思うままにしていいのか
米誌フォーブスが発表した2022年版の世界長者番付によると、マスク氏の保有資産は2190億ドル(約27兆円)で世界トップに躍り出た。資産の現金化に課題はあるものの、約400億ドル(約5兆円)を要するツイッターの全株買い取りは十分可能とされる。
ただ、2011年に中東で起きた民主化要求運動「アラブの春」のうねりを作り出すなどSNSの影響力は増し続けており、社会的責任も重くなっている。SNS各社がフェイクニュースなどの規制に乗り出しているのもこのためだ。
その一角を資産にものを言わせた特定の個人が自分の思うままに運営してもいいのか。マスク氏が放った奇策は、数多くの問題をはらんでいる。(ジャーナリスト 白井俊郎)