三大疾病のひとつ、がん――。
現代日本では、がん患者の3人に1人が就労世代とも言われ、早期発見などによって、働きながら治療にのぞむケースもいまや少なくない。
いくつかある治療法のなかで、放射線治療の一種である「陽子線治療」への期待度は高いという。しかし、既存の陽子線治療を受ける場合、高額な費用がかかるケースがあるうえに、治療装置自体の数が少ない、といった課題があった。
そこで、こうした課題を解決して、一人でも多くの人を救えないだろうか――。そんな信念のもと会社を立ち上げ、小型・低価格な「陽子線がん治療装置」の開発を手掛けるのが、ビードットメディカル(東京都江戸川)だ。代表取締役社長で、理学博士の古川卓司さんに、その思いを聞いた。
既存の陽子線治療装置は全国18か所にしかない
<一人でも多くの人救いたい...若き日の「思い」から生まれた!「陽子線がん治療装置」開発秘話(前編) ビードットメディカル社長の古川卓司さんに聞く>の続きです。
――ところで、がんの「陽子線治療」とはどのようなものでしょうか。
古川卓司さん「順を追って説明しましょう。そもそも『放射線治療』とは、『放射線によるダメージは修復されにくい』というがん細胞の特性を生かして、患部に放射線を当てることで細胞のDNAに損傷を与え、がん細胞を死に至らしめる治療法です。この放射線治療には、大きく分けて『粒子線治療』と『X線治療』があります。現在、一般的に普及しているのが『X線治療』のほうで、公的な保険診療も適応されています=図表参照」
古川さん「『X線治療』の場合、体内のがん病巣深部に十分なダメージを与えようとすると、体の表面の正常な細胞にもダメージや副作用を与えてしまう可能性があります。一方の『陽子線治療』は、腫瘍へピンポイントで照射でき、がん病巣深部以外へのダメージや副作用は低い、という特徴があります。なお、がん腫瘍のなかには、陽子線でなければ太刀打ちできないものがあります。また、切らないがん治療として、陽子線治療への期待は少なくないものの、現状は公的な保険に適用される疾患が限られています。先進医療としておこなわれる場合、技術料は自己負担となって高額です」
――陽子線治療では、どのような機械/装置が必要なのでしょうか。
古川さん「既存の陽子線治療装置の場合、3階建てビルほどの高さ(約10メートル)と巨大で、全国で18か所にしかありません。治療に際しては、大きな機械が患者さんのまわりを360度回転しながら、ごく小さな腫瘍を正確にねらいすまして、さまざまな方向からビームを照射させています。『回転ガントリー』と呼ばれる仕組みです。この場合、巨大な装置によって、機械を回転させています。しかも、回転させる機構は大掛かり、かつ巨大なので、広いスペースが必要。また、放射線を遮蔽するために、2メートル厚の壁も必要とします。
したがって、陽子線治療を受けられる病院がもっとあればいいのですが、やはり巨大な設備ですから、導入にはそれなりの費用がかかり、なかなかこの装置は普及しきれていません。しかも、治療は1日で終わるものでなく、数週間にわたって続きます。たとえば、小児がんのお子さんがいたとして、お住いの近くに装置がなければ遠くまで連日通い続けることになり、それでは経済的な負担も大きくなるでしょう」
この巨大な装置をどうしたら小型化できるか?
――なるほど、陽子線治療を受けるには、費用面の課題と、巨大な装置の課題があるわけですね。そして、こうした課題に応えるのが、ビードットメディカルの「超小型陽子線がん治療装置」ですね。
古川さん「おっしゃるとおりです。最大の特長が、装置を小型化させたことです。
というか、私が大学生だった頃から、装置の小型化は課題でした。これまでは回転させる装置(『回転ガントリー』)をいかに小さくするかで、各メーカーがしのぎを削っていました。たしかにそれで少しずつ小さくなっていったのですが、量子線治療を普及させていくには、もっと突き抜けて小型化させる必要がある、と私は考えていました。できれば、『X線治療』の装置に置き換わるくらいの小ささが理想です。
こうした状況のなか、私が『もしかしたら』と思ったのは、機械そのものは回転しないけれど、いろんな方向から陽子線を照射させたらどうか、ということでした。この『非回転ガントリー』のアイデアを盛り込んだのが、弊社の『超小型陽子線がん治療装置』。超伝導電磁石の技術を活用して、ビーム角度を自在に変えることができ、さまざまな方向から照射させることに成功しました。つまり、野球の変化球のように陽子線を曲げながら、ピンポイントに照射させることができるのです。これにより、従来の装置に比べて、高さは3分の1、重さは10分の1の小型化を実現しています」
――この装置のコスト面については、いかがでしょうか。
古川さん「導入費用は20億円で、従来の設備(50~100億円)と比べると大幅なコストダウンになると思います。とはいえ、まだまだ病院側が気軽に導入するには高額ですね。このあたりは当然、まだ改良の余地があるでしょう。
この装置は現在、医療機器としての薬機法承認取得に向けて、データ収集や資料作成などを進めているところです。このまま順調にいけば、2022年秋には取得でき、一般販売に向けた動きがさらに進むと思います。今後、日本国内はもちろん、放射線治療の割合が多いアメリカ、人口が多い中国それぞれの市場を視野に入れ、販売活動をしていきたい。もっとも、足元の課題として、量産化をどうするかも考えていきたいと思います」
――陽子線治療の普及に向けて、どのような将来の展望を描いていますか。
古川さん「私たちがスローガンとして掲げているのは、『PROTON for everyone―陽子線がん治療を世界中に』です。陽子線治療はX線治療と比べて照射期間の短縮につながります。それにより、患者さんの負担が、時間的にも経済的にも軽くなるのではないかと考えています。
そのためにも、中長期的な課題は、機械のさらなるサイズダウンです。私たちはとにもかくにも、小型化、小型化、小型化を目指して開発を進めています。技術的なブレークスルーが必要でしょうが、究極的にはがんの日帰り治療ができる世界に――そんな夢も描いています。私たちの装置を通じて長きにわたって、患者さんに寄り添う存在であり続けたいと思っています」
――ありがとうございました。
(聞き手 牛田肇)
【プロフィール】
古川 卓司(ふるかわ・たくじ)
ビードットメディカル代表取締役社長
博士(理学)
立教大学 理学研究科 客員教授
2004年に千葉大学大学院 博士(理学)を飛び級で取得し、同年放射線医学総合研究所(放医研)に研究員として着任。その後、2011年に放医研の先進粒子線治療システム開発のグループリーダーとして手腕を発揮し、2017年にビードットメディカルを設立した。がん治療装置の開発歴は20年に及ぶ。これまでの研究分野での受賞歴には、加速器学会奨励賞(2005年)、医学物理学会大会長賞(2010年)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2012年)など。また、ベンチャービジネス分野での受賞歴では、Japan Venture Awards中小機構理事長賞(2021年)、ブランド・知的財産ビジネスプランコンテスト、グランプリ(2022年)がある。