一人でも多くの人救いたい...若き日の「思い」から生まれた!「陽子線がん治療装置」開発秘話(前編) ビードットメディカル社長の古川卓司さんに聞く

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   三大疾病のひとつ、がん――。

   現代日本では、がん患者の3人に1人が就労世代とも言われ、早期発見などによって、働きながら治療にのぞむケースもいまや少なくない。

   いくつかある治療法のなかで、放射線治療の一種である「陽子線治療」への期待度は高いという。しかし、既存の陽子線治療を受ける場合、高額な費用がかかるケースがあるうえに、治療装置自体の数が少ない、といった課題があった。

   そこで、こうした課題を解決して、一人でも多くの人を救えないだろうか――。そんな信念のもと会社を立ち上げ、小型・低価格な「陽子線がん治療装置」の開発を手掛けるのが、ビードットメディカル(東京都江戸川)だ。代表取締役社長で、理学博士の古川卓司さんに、その思いを聞いた。

  • ビードットメディカル代表取締役社長で、理学博士でもある古川卓司さん
    ビードットメディカル代表取締役社長で、理学博士でもある古川卓司さん
  • ビードットメディカル代表取締役社長で、理学博士でもある古川卓司さん

自分の研究は「人のためになっているだろうか?」

――まずは、「がん」や「がん治療」を取り巻く現状を教えてください。

古川卓司さん「日本人の死因の第1位といえばがんで、一昔前はよくTVドラマなどで、がんになることがショッキングなテーマとして扱われていたものです。......が、これはいまや昔。自分自身も含めて、いつかがんになるかもしれない、と思っていたほうがよいほど、身近になってきています。一方で、治療技術の進歩などによって、5年相対生存率が、この30年ほどで伸び、いわゆる『不治の病』のイメージから少しずつ変わってきました。そして、がん患者の高齢化も進んでます。いまは定年の年齢が引き上げられていますから、がんになる人の3人に1が就労世代(20歳~64歳)という状況です。場合によっては、働きながら治療を受けるケースも少なくありません」

――がんの治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。

古川さん「日本では、外科的治療(手術)、化学的治療(抗がん剤治療)、放射線治療が三大治療法で、標準的ながん治療となっています=図表参照。このうち放射線治療の割合は約3割。日本は先進国のなかでは低く、アメリカでは6割近い状況です。なお、放射線治療の一種が『陽子線治療』です」
(図表)がんの治療法の種類(ビードットメディカル作成)
(図表)がんの治療法の種類(ビードットメディカル作成)
古川さん「一般の患者さんへのアンケート結果を見ると、高齢になるほど5年相対生存率が多少下がっても、痛くない(切らない)治療法を望む、という回答が目立ちます。陽子線治療のよさは、切らずに、治療を進められること。いまは外科手術では切るところを最小化する動きが進んでいますし、高齢になると切開する手術はしづらくなるものです。そういう意味でも、患者さんのクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を保ちながら進められる陽子線治療への期待は大きいように思います」

――なるほど、「がん」や「がん治療」の背景がわかりました。ところで、ビードットメディカルを立ち上げ、陽子線治療の装置開発を手掛ける古川さんはどんなきっかけで、がん治療に興味を持たれたのでしょうか。

古川さん「そのためには、私の学生時代の話にさかのぼります。少し長くなりますがよろしいですか?」

――はい、ぜひお願いします!

古川さん「では、少し昔話をさせてください。
   大学時代、私は理学部で、物理学専攻でした。自然科学の基礎研究を担うのが『理学』と呼ばれる分野で、物理学もここに含まれています。たとえば、いまは亡き小柴昌俊先生のように、科学的な真理を探求するのです。ご承知のように小柴先生は、素粒子物理学で功績を上げ、2002年にはノーベル物理学賞を受賞。私も基礎研究に関わる一人として、憧れるところがありました。
   ところが、です。科学の根幹を成す『基礎研究』は大事だと思う半面で、科学的な知見をもとに実用化につなげ、社会に役立てていくような『応用科学』と比べると、どこか縁遠い気がしていました......。物理学は好きですが、それだけに私の研究は『人のためになっているだろうか?』という思いがないわけではありませんでした。
   転機となったのは、千葉大学で卒業研究を選ぶ時、放射線医学総合研究所(放医研)での研究に思いきって手を挙げたことでした。放射線の取り扱いには、物理学の知識を必要とします。その知識を活かし、科学のチカラで社会に貢献できる放射線がん治療と出合えたことは幸運だったように思います」

放射線治療装置の臨床研究に没頭した若き日々

――放医研ではどのようなことに取り組んだのでしょうか。

古川さん「放医研の中には研究病院があり、ここで毎日100人くらいの患者さんに、(放射線治療の一種である)粒子線治療をおこなっていました。一人の患者さんは約3週間にわたって、ほぼ毎日、治療を受け続けます。
   その治療に使われる装置が、私の研究対象でした。この頃から、臨床研究に携わるメンバーとは日々、装置の問題点などを話し合っていたものです。その後、放医研に通いながら大学を卒業、そして、大学院への進学と卒業を経て、放医研に就職しました。
   思えば、物理学の知識を生かしながら、エンジニアリング(工学)的に機械開発に携われる放射線治療に出合えたことは幸運でした。また、若い頃から臨床現場にいた経験から、一人でも多くの人を救うためにできることは何か、といつも考え続けてきた気がします。
   就職後、装置の技術開発を任されました。自分の手掛けた装置が現場で役立ち、そして患者さんが元気になっていく様子を見ることはうれしいものでした。しかし一方では、『現実』も目の当たりにしました。病院を『卒業』していく患者さんは年間1000人くらい。1日に換算すると、5人ほどです。いま、年間100万人ともいわれるがん患者さんの数に対して、微力であるとも感じていました」

――そうした「思い」がビードットメディカルの起業につながったのでしょうか。

古川さん「ええ。実はもう少し紆余曲折があり、放医研で2006年から数年かけておこなわれた大きなプロジェクトに参加。私の専門である『スキャニング照射』と呼ばれる技術を用いて、かなり精度よく放射線照射を制御できる成果が得られました。
   この研究では文部科学大臣表彰科学技術賞をいただき、その達成感は大きかったものの、違うアプローチもあるのではないか、と思うところがありました。そんなきっかけから2017年、ビードットメディカルを立ち上げました。放医研発のベンチャー企業という位置づけです。これまで培った技術と経験を活かして、いまは『超小型陽子線がん治療装置』の開発を手掛けています」

   若き日の古川さんが臨床現場で感じたさまざまな問題意識から生まれたのが、ビードットメディカルの「超小型陽子線がん治療装置」だ。では、既存の機械/装置にはどんな課題があるのか。そして、古川さんが手掛ける装置の特長とは――。

   <一人でも多くの人救いたい...固定観念とらわれないアイデアで小型化!「陽子線がん治療装置」開発秘話(後編) ビードットメディカル社長の古川卓司さんに聞く>に続きます。

(聞き手 牛田肇)



【プロフィール】
古川 卓司(ふるかわ・たくじ)

ビードットメディカル代表取締役社長
博士(理学)
立教大学 理学研究科 客員教授

2004年に千葉大学大学院 博士(理学)を飛び級で取得し、同年放射線医学総合研究所(放医研)に研究員として着任。その後、2011年に放医研の先進粒子線治療システム開発のグループリーダーとして手腕を発揮し、2017年にビードットメディカルを設立した。がん治療装置の開発歴は20年に及ぶ。これまでの研究分野での受賞歴には、加速器学会奨励賞(2005年)、医学物理学会大会長賞(2010年)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2012年)など。また、ベンチャービジネス分野での受賞歴では、Japan Venture Awards中小機構理事長賞(2021年)、ブランド・知的財産ビジネスプランコンテスト、グランプリ(2022年)がある。

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