会社ウォッチでは、テレワークに関してさまざまな本を紹介してきた。導入のノウハウ、効率的な作業法、役に立つグッズなどを取り上げた。今回、本書「テレワーク大全」(日経BP)をもとに、企業がコロナ禍でいかにテレワーク導入に奮闘してきたかを見てみたい。
「テレワーク大全」(日経BP総合研究所イノベーションICTラボ著)日経BP
著者は日経BP総合研究所イノベーションICTラボ。日経BPのICT(情報通信技術)領域のシンクタンクだ。テレワークへのシフトはどれくらい進んだのか。経営幹部を含む3000人に調査を行い、テレワークの利用率、業務の生産性、阻害要因などを調べている。
本書は、その調査をもとに調査篇、テレワークの基本と準備を解説した導入編、さまざまな問題への解決法を示した活用編などからなる。
なかでも日経BPの底力を発揮したと思えるのが、第4章「事例編」で、先行した7社の奮闘ぶりを伝えている。これらの具体的な事例が面白いので、いくつかの取り組みを紹介しよう。
リモートワークを「働き方の風土の前提」...さくらインターネット
データセンター運営などを手がけるさくらインターネットの場合、新型コロナウイルスの感染防止のため、2020年3月2日から従業員の勤務形態を原則テレワークに移行した。直接雇用する全従業員500人超のほか、派遣社員なども対象だ。
政府が緊急事態宣言を発令した直後の4月8日以降は、サービス継続上やむを得ない場合を除いて出社禁止とした。どうしても出社が必要な場合は事前に役員の許可を取り、1日当たり5000円の緊急出勤手当を支給すると決めた。
並行して、テレワーク支援の手当も設けた。自宅でのテレワーク環境整備を整えるため、臨時特別手当を正社員、契約社員などに1万円、アルバイトに3000円支給した。一時金だけではない。通信費を支援するため、5月以降、毎月3000円の通信手当を出している。さらに、全従業員を対象に、Web会議ツール「Zoom」の有料アカウントを配布した。
そして、状況が変わった後でも、「どこでも働けて、場所によらず活躍できる環境を加速させるためにも、リモートワークを、さくらインターネットの働き方の風土の前提とする方針とすることを決定しました」という社長名のコメントを出した。
こうした厚い支援の背景には、2016年に設けた、働きがいを追求できる職場作りをめざした制度があった。フレックス勤務制度、残業手当の先払い制などだ。こうした制度があり、コロナ禍前からテレワークを利用できるようにしていたため、スムーズに移行が進んだという。
ハンコの完全撤廃&ペーパーレス導入へ...GMOインターネットグループ
ハンコの完全撤廃とペーパーレスに踏み切ったのは、GMOインターネットグループだ。紙の書類のやり取りや押印のために出社しなければならない事態を防ぐためだ。
GMOインターネットグループは、サーバー運営などのITインフラ関連、インターネット広告、金融などの事業を営む。20年4月、顧客の手続きからハンコを完全撤廃、電子契約を全面採用した。
グループ会社のGMOクリック証券も、法人口座の解約時に必要だった用紙への押印を不要にした。ほかのグループ会社のサービスについても、印鑑レスと電子化を進めた。ちなみに、監督官庁や金融機関への提出書類など、書面での提出や押印が義務づけられているものは対象外だ。
GMOインターネットは、新型コロナウイルスが日本で深刻化する前の20年1月に在宅勤務をいち早く導入した。コロナの問題が収まった後も、テレワークを標準とする考えだ。
同社は急にオフィススペースを削減することは考えていないそうだが、オフィスを増やさずに増員できると見ている。
同書で、熊谷正寿会長兼社長は「人間の行動の9割は習慣です。典型例の一つが通勤。テレワークが身近になり、本格的に取り組むと意外といけると気づいた。新型コロナを境に、(テレワーク普及へ)時間が一気に進むと思います」と話している。
午後5時以降、問い合わせと社内会議禁止...キユーピー
食品大手のキユーピーの場合は、2020年の東京オリンピックで予想された交通混雑を見据えて、テレワークの普及を進めてきた。東京・渋谷の本社近くにはオリンピックスタジアムが、拠点工場がある京王線沿線には東京スタジアムがそれぞれあり、混雑の影響を受けそうだったからだ。
社員が住むエリアに応じて、2種類のテレワークを使い分けたのが特徴だ。京王線沿線や埼玉県、茨城県に住む社員は、自社拠点に設けたサテライトオフィスでのテレワークとした。一方で、自社拠点のない千葉県に住む社員はむ在宅勤務とした。
また、13年に東京・仙川の工場跡地に、グループ本社や研究開発部門などが集まる大規模拠点「仙川キユーポート」を設け、渋谷の新本社オフィスの2拠点にサテライトオフィスとしての機能を持たせたことも役に立った。
午後5時以降、問い合わせと社内会議は禁止するなど、働き方改革も進めてきた。一連の取り組みによって残業時間は減り、減らした残業代を従業員に還元したのもユニークだ。
こうしてみていくと、スムーズにテレワークに移行した企業は、コロナ禍前から、働き方改革に取り組んできたことがわかる。
本書ではほかにも、18年12月から領収書の電子化を断行した塩野義製薬、18年に年間労働時間を半月分減らした日清食品などの取り組みも紹介している。ITを巧みに導入した企業が、コロナ禍にもうまく対応できたことを痛感した。
コロナが終息しても、テレワークを続ける企業は多いようだ。
経費、生産性、売上などを総合的に勘案してもメリットがあると判断したのだ。そうなると、テレワークを導入している企業とそうでない企業、同じ会社内でもテレワークのある職場とない職場との不均衡が、新たな労働問題として浮かび上がりそうだ。
もちろん従来通り、会社に通勤したいという人もいるだろう。しかし、一度テレワークの果実を知った人は後戻りできないだろう。
やがて、その流れは一個人を超え、日本の企業、産業、都市、そして国土のありようまで変えるかもしれない。「テレワーク革命」3年で、東京からの人口流出は現実のものとなっている。
(渡辺淳悦)
「テレワーク大全」
日経BP総合研究所イノベーションICTラボ著
日経BP
2200円(税込)