岸田文雄首相が指示した物価高騰などへの対策をめぐり、今国会で補正予算案を編成・成立させるか否かで、自民党と公明党がせめぎ合っている。夏の参院選でどちらが有利かを意識しているだけに、簡単にまとまるかは見通せない状況だ。
過去最大の新年度予算が成立したばかりだが...異例の追加対策
岸田首相は2022年3月29日、原油や穀物などの物価上昇に対応する「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」を4月中に策定するよう、関係閣僚に指示した。原油高対策、食料品などの高騰対策、中小企業の資金繰り支援、生活困窮者支援が柱になる。
閣僚懇談会で首相は「原油や原材料、食料価格の高騰が、国民生活や経済活動に重大な影響を及ぼし、社会経済活動の順調な回復の妨げになるようなことは避けなければならない」と述べた。
とくに岸田政権が危機感を強めるのが、原油価格だ。ロシアのウクライナ侵攻で米国など一部の国はロシア産原油の禁輸を打ち出し、欧州も「脱ロシア原油」の方向に舵を切っている。そのため、世界的に原油の供給不安が広がり、価格が急騰。ここしばらく、高値が続くのは必至の状況だ。
ガソリンや灯油などの価格高騰を抑えるための補助制度は4月末まで延長されるが、原油価格がさらに高騰した場合には、ガソリン税を一時的に引き下げる「トリガー条項」の発動も念頭に、岸田首相は「あらゆる選択肢を排除せず検討する」としている。
ただ、経済対策=補正予算と考えられるが、時期については、状況次第で一定の時間をあける場合がある。とくに、過去最大の総額107兆円超の新年度予算が3月22日に成立したばかりの段階での追加の対策は異例だ。
そこで、岸田首相は今回、新年度予算に計上されている通常の予備費5000億円と、コロナ対策の予備費5兆円の計5兆5000億円の一部を財源に、当面の対策を打つ。それとともに、参院選の公約に大型の経済対策のメニューだけ盛り込み、参院選後に補正予算を編成するという2段構えで進める考え。その前半の部分が、今回指示した総合緊急対策という位置づけだ。
ところが、これに異を唱え、今国会での補正予算の成立を主張したのが、連立与党の公明党だ。
公明の山口那津男代表は3月30日の党の会議で、「不透明で見えないことにもどう対応していくかが政治の大きな役割だ。予備費で国会閉会後の政治空白期間の国民生活や経済活動を守り切れるのか」と、今国会での補正予算の成立を訴えた。
竹内譲政調会長も同日の記者会見で「予備費だけで満足なことができるのか。参院選中に弾切れになったら大変な事態だ」と補正の必要性を強調した。
一方で、立憲民主党などの野党は、新型コロナウイルス対策の予備費の使用を「流用」などと批判し、補正予算案編成を主張している。公明党は、予備費の扱いへの懸念のほか、物価問題の深刻化で対応が後手に回るのを警戒しているともいわれる。
経済対策をめぐる自民党内の主導権争い
自民党と公明党とのせめぎ合いだけでなく、自民党内の主導権争いを指摘する声もある。
茂木敏充幹事長と高市早苗政調会長の間の不協和音だ。3月16日に自民、公明と国民民主の3党幹事長会談で、原油高対策として「トリガー条項」の発動などを検討するチームの立ち上げで合意したが、高市氏は約2時間後、「現段階で連絡がない」と不快感を露わにした。
年金支給額が下がる高齢者向けに5000円を給付する案でも、官邸主導で検討が進み、3月15日、高市氏を含む自公の幹事長・政調会長4人が岸田首相に提言したかたちになったが、高市氏は直前まで知らされていなかったという。
29日の緊急対策策定の首相指示がされた後、高市氏は会見で5000円給付に「反対の声も多い。(財源に想定していた)今年度(21年度)の予備費は事務的に間に合わなくなったので、もう、この話はなくなった」と言い切った。
岸田首相は前日の28日、国会で「本当に必要なのかどうか、しっかりと検討したい」とトーンダウンしていたが、高市氏の「この話はなくなった」との唐突な撤回宣言は、首相―茂木氏ラインで進んだことへの意趣返しとの声もある。
このほか、公明とのパイプは健在とされる菅義偉前首相が4月3日のテレビ番組で、物価高騰対策について「補正も含め、経済対策に全力で取り組むべきだ」と述べたことが憶測を呼んでいる。
菅氏は7日の別のテレビの収録で「早ければ早いほどいい」と踏み込んだ。岸田首相との距離がささやかれ、自身の派閥結成の観測が絶えない菅氏の発言だけに、首相への牽制と見る向きもある。
通常、選挙後に補正予算を成立させるが...
こうした状況でも、岸田首相は5日の関係閣僚会議で「まずは予備費を活用した迅速な対応を優先する」と、早期補正に慎重な姿勢を崩していない。
その背景にあるのが、政治日程をにらんだ判断だ。
今のところ、政府・自民は参院選の日程を6月22日公示、7月10日投開票と想定し、6月15日までの今国会の会期は延長しない考えとされる。大規模な経済対策の策定と補正予算案の編成には一定の期間がかかり、会期内に成立させるには綱渡りの日程調整を強いられることになるからだ。
実際、国会で補正の審議となれば、野党が政府案を上回る規模の対案を出し、政府案は不十分と批判するのは確実で、選挙で与党に不利になると懸念する。また、補正予算にはさまざまな業界の要望を反映することになるが、選挙前に予算が通ってしまえば、選挙での業界団体などの運動が緩む恐れもあるというのだ。
こうした懸念から、近年は大型国政選挙前には経済対策の方針だけ示し、補正予算は選挙後、というのが一般化している。岸田政権も2021年の総選挙で、選挙直前に首相が経済対策の策定を指示し、選挙後に補正予算を編成・成立させた。
自公の関係は、一時、ぎくしゃくした参院選の相互推薦について、3月中旬に従来通り推薦し合うことでようやく決着したばかり。新たに浮上した補正予算をめぐる主張の隔たりを埋めるのは容易でないとみられ、自民党内の主導権争いも絡み、政局の火種としてくすぶり続けそうだ。(ジャーナリスト 白井俊郎)