ロシアによるウクライナ民間人への虐殺行為が明るみになるなか、激怒した欧米諸国はロシアに対する追加の経済制裁を発表した。
しかし、ロシア経済の命綱である「石油と天然ガス」にはトドメを刺さない抜け道を残した。これでプーチン大統領に思い知らせることができるのか。
エコノミストの中には、「今回の戦争は米国の独り勝ちだ」といわんばかりの指摘まで出ている。いったい、どういうことか。
EU、石油と天然ガスの輸入停止は見送り
民間人を多数殺害するロシア軍の残虐な行為に激怒した欧米諸国は、相次いでロシアに対する追加経済制裁を発表した。
報道によると、バイデン米政権は4月6日、ロシア最大手銀行のズベルバンクと4位のアルファバンクの資産を凍結、米国の企業や銀行との取引を禁じる。しかし、エネルギー関連の取引は例外として認めるという抜け道を残した。サキ大統領報道官は「(制裁の副作用を懸念する)欧州と相談して決めた」と説明したという。また、プーチン大統領の娘2人や、ラブロフ外相の妻子、メドベージェフ前大統領らの資産も凍結する。
一方、欧州連合(EU)も同日、ロシア産の石炭の輸入停止を発表したが、石油・天然ガスの輸入停止は見送った。ロシアからの輸入に依存する国が多く、制裁に必要な27加盟国による全会一致が難しかったためだ。
ただ、EUのフォン・デア・ライエン委員長は「(石炭の輸入停止が)最後の制裁にはならないだろう」「石油にも目を向けねばならない」などと述べた。ロシアの残虐行為がエスカレートすれば、さらなる制裁を科すとけん制したかっこうだ。
こうした欧米諸国の追加制裁の「甘さ」について、日本経済新聞(4月6日付)「米、対ロシア追加制裁 最大手銀やプーチン氏の娘2人も」という記事につくミニ解説コーナー「Think欄」の分析・考察で、みずほ証券チーフマーケットエコノミストの上野奏也氏は、
「民間人虐殺を戦争犯罪として厳しく糾弾する米国やEUは、対ロシア経済制裁の追加に動いている。だが、米国の今回の措置も、EU経済のロシア産エネルギーへの依存度の高さゆえに、厳格さを欠く内容と言わざるを得ない」「『金融機関への制裁ではエネルギー関連の取引は例外として認める』ことになった。(中略)米外国資産管理局(OFAC)によると特定のエネルギー関連取引は6月24日まで許可するという。イエレン財務長官は4月6日の議会証言で欧州の経済への配慮が必要と説明した。経済制裁の限界が引き続き露呈している」
と、米国と欧州の足並みがそろわないことを問題視する。
EU内でも足並みそろわず...「親ロシア」ハンガリーの動行は?
その欧州だが、EU内で「親ロシア」の動きが現れ、不協和音が生まれているようだ。この問題を第一生命経済研究所主席エコノミストの田中理氏がリポート「ロシアのデフォルトと欧州内の不協和音 ~デフォルトへのカウントダウン~」(4月7日)の中で紹介している。
「ロシアへのエネルギー依存脱却に舵を切ったEUは、石炭の禁輸に踏み込む方針を固めた。(中略)ウクライナのゼレンスキー大統領は、追加制裁を歓迎しながらも、ロシア産原油の禁輸など更に踏み込んだ対応を呼び掛けている。短期間での代替調達が難しい天然ガスの禁輸については、欧州諸国の間で慎重意見が多い。こうしたなか、対ロシア関係を巡ってEU内の足並みの乱れも露呈している」
4月3日に総選挙が行われたハンガリーでは、強権政治を進めて長年にわたりロシア寄りの姿勢を示すオルバン首相率いる与党が圧勝したのだ。ハンガリーはロシア産ガスや石油にエネルギー供給の多くを依存しており、対ロシア制裁強化に反対している。総選挙後、ハンガリー政府関係者はEUの方針に反し、ロシア産のガス輸入代金をルーブルで支払う用意がある、と表明するありさまだ。
それだけに、田中氏は、
「近年、法の支配や差別禁止などEUの基本価値を巡ってEUとの対立を続けるハンガリーのオルバン政権は、ロシアのプーチン政権とも親密な関係を築いてきた」「欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は4月5日、法の支配の原則に違反する加盟国へのEU予算の配分を停止する新たな手続きをハンガリーに対して発動する方針を表明したばかり」
と、指摘する。そして、
「今後のロシアへの追加制裁決定を巡っては、ハンガリーとEUの間の対立が影を落とす恐れもある」
と、結んでいる。
日本、サハリン1・2での事業はどうなるのか?
ロシアへの追加経済制裁をめぐり、米国とEU、さらにEU内部で対立があるなか、日本はどうだろうか。
ロシア産原油やLNG(液化天然ガス)の生産拠点である「サハリン1」と「サハリン2」プロジェクトが今後のカギになる。同プロジェクトは、共同開発を進めてきた米エクソンモービルと英シェルが撤退を表明、双方に権益を有する日本政府、企業の出方が注目されているからだ。
岸田文雄首相は3月31日、「サハリン1・2から撤退しない」と表明したが、その隠れた理由について、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は、リポート「日本政府はサハリン1・2の事業継続を表明も先行きは不透明」(4月5日)のなかで、「撤退すると中国に権益を持っていかれる懸念」があると、こう述べている。
「資源小国の日本にとって、ロシアからの燃料確保はエネルギー安全保障政策上重要である。(中略)サハリンから撤退すれば、中国やインドに権益を奪われかねないという懸念もある。その場合には、制裁措置は有効でなくなる」
実際、2004年にイランのアザデガン油田の権益を取得したことがあった。しかし、核開発問題を抱えるイランへの経済制裁の一環として米国からの要請で撤退を余儀なくされた。約125億円の投資が無駄になり、中国に権益を持っていかれた苦い経験があるのだ。今回のロシアのケースによく似ている。
しかし、木内氏は別のリポート「対ロ追加制裁発動へ。EUのエネルギー関連制裁が日本のサハリン・プロジェクトの命運を握る」(4月6日)のなかでは、「ロシア軍の残虐さを示す証拠がさらに出てくれば、日本政府の頑張りも厳しくなるだろう」とこう推測する。
「今後、ロシア軍による残虐行為などを疑わせる証拠がもっと多く確認され、国際世論がロシアへの批判をエスカレートさせていく中で、主要国がさらに追加制裁措置を打ち出すことを迫られる可能性がある」「EUが経済への打撃を覚悟の上でロシア産原油、天然ガスの輸入禁止を決める可能性もあるだろう。そうなれば、日本もサハリン1、2からの撤退を決めざるを得なくなる」
そして、こう結ぶのだった。
「対ロシア制裁が段階的に強化されていく中では、制裁を掛ける側に打撃が返ってくる『ブーメラン効果』を回避することが次第に難しくなってきた。ロシア側と先進国側がともに傷つくなか、我慢比べ、チキンゲームの様相が強まっているのである」
「米国はロシアとの経済戦争で完勝に向け前進中」
ところで、そんなチキンゲームの中でも、米国だけが独り勝ちの様相を呈してきたと指摘するのが、りそなアセットマネジメントのチーフ・エコノミスト黒瀬浩一氏だ。
リポート「米国はロシアとの経済戦争に完勝に向け前進中」(4月6日付)のなかで、「この戦争には、米国とロシアの経済戦争の側面がある」として、こう説明する。
「米国は、かつては世界最大のエネルギーの輸入国だったが、2000年以降のシェール革命により近年は純輸出国に変わった。この影響は極めて大きい。下図(図1、2参照)のように、エネルギー価格の上昇が米国経済にとってマイナス要因からプラス要因に変わったのだ」
1970年以降の米国は、原油価格が跳ね上がると、例外なく景気後退に陥った。しかし、近年は真逆になった。さきほどの「図1」の黄色の箇所をみると、かつてはエネルギー価格が急上昇すると、交易条件が悪化することが同じタイミングで起こっていた。
ちなみに、交易条件とは輸出価格を輸入価格で割った相対価格のことで、貿易での稼ぎやすさを示す指標だ。ざっくり言うと、交易条件が好転すると、国内に資金が流入するため景気がよくなる。交易条件が悪化すると、景気が悪くなる。
しかし、「図2」を見ると近年は、交易条件の好転によって株価が上昇、交易条件の悪化によって株価が下落するセオリーの真逆のことが起こっている。これは、エネルギー価格の上昇が交易条件の好転というかたちで、米国経済に有利になったのだ。つまり、ロシア・ウクライナ戦争で原油価格が高騰することは、米国経済にとって歓迎すべきこと、というわけだ。
黒瀬浩一氏はこう指摘する。
「今後この関係性は、欧州向けエネルギー市場を米国がロシアから奪い取ることで、一段と強化されるだろう」
「ほかにも米国には勝因がある。ロシア・ウクライナ戦争の勃発を受け、欧州や日本を含む世界各国で防衛費の増加が見込まれる。米国はトランプ政権時代に同盟国に対し防衛費の増額を要請して物議を醸した。しかし、期せずして防衛費の増加が実現する。防衛費はざっと半分が武器弾薬だが、ロシアが排除された後の世界の武器市場を米国がほぼ総取りする可能性さえあるだろう」
同盟諸国が防衛費を増額すれば、駐留米軍の負担を減らすことが可能だ。また、ロシアが担ってきた武器輸出を奪うことができる。しかも、恩恵はそれだけにとどまらない、と黒瀬氏は見る。
「小麦やトウモロコシなど穀物の価格高騰も同様で、純輸出国である米国は恩恵を受ける。まだロシア・ウクライナ戦争は続いているが、米国はロシアとの経済戦争で完勝に向け前進中だ」
米国は穀物市場でも、ロシアを凌駕しようと狙っているというわけだ。米国のバイデン大統領が、大いに勇んでロシアの経済制裁強化の邁進するのは、必ずしも人道的な正義感からばかりではないのかもしれない......。
(福田和郎)