「我々の天然ガスがほしければ、ロシアの通貨ルーブルで支払え」。ロシアの強気な姿勢に、エネルギー輸入をロシアに頼る欧州が揺れている。
ロシアのプーチン大統領は2022年3月31日、欧州などに輸出する天然ガスの代金をルーブルでしか受け取れないとする大統領令に署名した。ロシアが「非友好国」に指定した日米欧などが対象だ。
ロシアのペスコフ大統領報道官は、天然ガス以外のロシア産品にも「ルーブル払い」を拡大する方針を示唆している。エネルギー資源に加え、農産品や貴金属なども今後、ルーブル払いを強いられる見通しだ。
狙いの1つ目は「通貨防衛」
大統領令によると、ロシアから天然ガスを輸入する場合、業者はまず国営企業ガスプロム傘下の銀行に口座をつくる。そして、そこで外貨とルーブルを交換して代金を支払う仕組みになるという。
真っ先に対応を迫られるのが、ロシアからパイプラインを通じて天然ガスを輸入している欧州諸国だ。日本が輸入する液化天然ガス(LNG)は当面、対象外となる見通しだが、ペスコフ大統領報道官の発言を見れば、こちらも時間の問題だろう。
ロシアはなぜ「ルーブル払い」を迫ったのか。背景を探ると一石二鳥の戦略が見えてくる。
まずは「通貨防衛」。
ウクライナ侵攻に伴う米欧日の経済制裁の結果、ルーブルは一時、紙くず寸前にまで暴落した。これに歯止めをかけるには、為替市場でロシア自身がルーブルを買い支えるか、ルーブル買いを促す必要がある。
ロシアの中央銀行の海外のドル資産が使えなくなるといった制裁で、ロシアが自前でルーブルを買い支えるのは難しい状況だ。そこで、市場でのルーブル買いを促す必要があるということになる。
天然ガスなどの代金をルーブルでしか払えないようにするということは、輸入業者は否応なくルーブル調達を迫られる。実際、ルーブル相場は3月中旬以降、下落基調が止まり、買い戻しの動きが広がり始めた。ロシアと関係が深い国がルーブル払いで支えているとみられている。
狙いの2つ目は「欧州の足並みを乱す」
もう一つの狙いが、欧州の足並みを乱すことだ。
欧州はロシアのウクライナ侵攻を受け、エネルギー輸入の大半をロシアに頼る現状からの転換に動きはじめた。しかし、ロシア産天然ガスの輸入先を中東など他の産地に切り替えるには時間がかかる。
欧州もエネルギー戦略では一枚岩とは言えない。欧州の中でも脱原発で先行していたドイツはロシア依存がとくに高い。イタリアも電気代などの値上げに直結するロシアからのエネルギー輸入規制には慎重とされる、など各国の思惑が交差している状況だ。
現に、ロシアの「ルーブル払い」」の戦略が明らかになると、欧州は大混乱になった。
主要7カ国(G7)は3月28日、エネルギー相会合を開き、ルーブル払いは「契約違反だ」として拒否する方針で一致。ドイツのショルツ首相は、プーチン氏と電話会談して「これまで通りユーロ払いが可能」との言質をとったと説明してみせた。
実際にはプーチン氏の大統領令署名を止めることはできなかったが、欧州の慌てぶりは今回の一手がいかに欧州各国の痛いところを突いた手だったかが分かる。
ただし、ロシアにとって「ルーブル払い」は危険な賭けでもある。欧州各国はいっせいに反発している。ウクライナでの民間人虐殺への追加制裁も含め、今後の事態の推移によっては、欧州という巨大市場を一気に失いかねないのだ。
ロシアと欧州のせめぎ合いは「肉を切らせて骨を断つ」痛みを伴う攻防の段階にきている。(ジャーナリスト 白井俊郎)