「幻想が崩れることを引き受け、新しい真実を発見する」
国際基督教大学(ICU)の岩切正一郎学長は、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の中の第6編『逃げ去る女』の中の一節を引用しながら、生きるということは、真実の発見の連続なのだと説いた。
「みなさん一人ひとりは、リベラルアーツ(一般教養)という土に蒔かれて、豊かな実りを得る人へ育ちました。そして同時に、リベラルアーツという種は、みなさんのなかに蒔かれたからこそ、何倍もの実りをもたらすのです。
ICUに入学する前、みなさんは、自分の学生生活をどのように想像していたでしょうか。私が時々ページをめくる小説のなかに、こんな箇所があります。主人公は、海岸の保養地へ行く前に本を読んだり人から話を聞いたりして、想像をふくらませています。実際にそこへ行ってみると、夢みていたものはありませんでした。語り手はこう言っています。
なるほど、あのように長いこと行きたいと思っていたこのバルベックでは、夢みたようなペルシャふうの教会も、永遠に晴れることのない霧も見出せなかった。[略]汽車にしても、私の思い描いていたようなものとは違っていた。しかし、想像力が期待させるもの、私たちがさんざん苦労しても発見できないもののかわりに、人生は想像もしなかったものを与えてくれる。
プルースト、『逃げ去る女』(鈴木道彦訳)」
そして、こう続けたのだった。
「もし想像力や期待があらかじめなければ、この人物は、その場所へは行きませんでした。だから、想像力が否定されたわけではありません。けれども、世界の多くの偉大な作品も同じことを教えているように、生きるというのは、いったんその幻想がくずれることを引き受け、そのなかから新しい真実を発見する営みなのです」
「ICUでの生活は、みなさんに何を与えたでしょうか。嬉しいこと、悲しいこと、戸惑わせること...それら全てが、最後には、みなさんの人生を豊かにするかけがえのない経験となっていることを願っています」
もう少しわかりやすい例を出して「人生哲学」を語ったのは、愛知東邦大学の鵜飼裕之学長だ。哲学者で、京都市立芸術大学学長の鷲田清一氏の「ものを見極める心眼」をひきあいにして紹介した。
「世界の急速な変化を見定め、その価値を見極める『心の眼』をもつことです。すなわち、ものごとを自ら判断するうえで、皆さんの心に確かな判断基準を備えておくことです。(中略)鷲田清一先生は、それを『価値の遠近法』という言葉で表現しています」
これを踏まえて鵜飼学長は、どんな状況にあっても、次の4つを見極められる判断基準を持っていれば、対応できると語っている。
「1つ、絶対なくしてはならないもの、あるいは見失ってはならぬもの。2つ、あってもいいけどなくてもいいもの。3つ、端的になくていいもの。4つ、絶対にあってはならないもの。(鷲田先生は)『この4つを見分けられる判断力を身につけておくことが大切である』とおっしゃっています。その『心の眼』を養う術(すべ)が教養であり、哲学だと思います」