「どうか良心に恥じぬ生き方を貫いてください」
同志社大学の植木朝子学長は、昨年(2021年)8月に谷崎潤一郎賞を受賞した、作家・金原ひとみ氏の『アンソーシャル ディスタンス』という短編小説を紹介した。この小説は、パンデミックで閉塞する世の中で、生への希望だったバンドのライブ中止を知り、心中することを決めた若い男女の旅を描いた物語だ。
「登場する恋人たちは、大学4年生と3年生で、コロナ禍において、授業受講やゼミ活動、卒論作成や就職活動を何とかこなしていますが、自由を奪われ、抑圧され、コロナに翻弄されることに耐えきれず、最後の心の支えとしていたバンドのライブ公演中止をきっかけに絶望を深め、心中の旅に出ます。道中で2人はさまざまなことを考えます」
「コロナは世間に似ている、人の気持ちなんてお構いなしで、自分の目的のために強大な力で他を圧倒する、免疫や抗体を持ったものだけ生存を許し、それを身に付けられない人を厳しく排除していく......、感染に対して神経質な人とそうでもない人の間の激しい対立にはうんざりする......(中略)。私たちにはまだわからないこと、知らないこと、知っていても実感できていないことがたくさんある、こんな卑小な自分のままで死んでいくのか......。この恋人たちの苦悩には、コロナ禍を過ごした皆さんの多くが、共感されるのではないでしょうか」
そして、「青春」を切り口に、植木学長のメッセージは続く。
「昨年11月の同志社EVE(大学創立記念行事週間)のテーマは『青春奪還』でした。このテーマには、コロナウイルスの影響で失われた青春を、EVEを通じて取り戻してほしいという願いを込めたとの実行委員長の言葉に私は胸をつかれる思いがしました。ご紹介した小説の中の二人のように、時に絶望し、時に嘆き悲しみながら、皆さんは困難な状況の中で懸命に生き、それがそのまま『青春奪還』の軌跡であって、本日を迎えられた皆さんの青春は決して失われていないものと信じます」
「コロナ禍により、社会の分断や不寛容の問題が顕在化した今こそ、そして、痛ましい戦禍によって大勢の人々が苦しんでいる今こそ、本学の良心教育の真価が問われています。(中略)卒業後、それぞれが赴かれるそれぞれの場所で、どうかその良心に恥じぬ生き方を貫いてくださいますよう、心から願っています」