「こんな時代だからこそ、人と人の和解を探る」
九州大学の石橋達朗総長は、長年、アフガニスタンで医療と人道支援に献身的に携わりながら2019年12月、現地で凶弾に倒れた故・中村哲医師(享年73)を取りあげている。中村氏は九州大学のOBだ。帰国するたびに、同大の学生たちに講義や講演をしてきた。
「中村先生は21世紀の、科学技術により高度に進歩した社会、国境を越えて発展する経済、効率と利便性が追求された日々の生活などを『欲望の自由』『科学技術の信仰』と危惧しておられました。近年、世界は地球温暖化による気候変動で自然災害が増え、各地で紛争が絶えず、感染症の流行に怯え、今や地球規模で様々な社会問題がでてきています」
そして、中村医師の著書『天、共に在り』の結びの文章を紹介した。
「人も自然の一部である。それは人間内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう。それがまっとうな文明と信じている」
石橋総長は卒業生に、「人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はない」という中村医師の遺志を継ぎ、それぞれの場所で活躍してほしいとこう訴えたのだった。
「世界は分断の方向へと向かっているようにも思えます。この時代に、九州大学を卒業される皆さんには、社会を新しい良い方向へ導く一つの力になってほしいと思っています。グローバルシチズンシップという言葉があります。『誰もが地球社会の一員であり、それに参画する責任を持った市民だという意識』です」
「今、この時に、人生の新しい一歩を踏み出すことを、『こんな時代に』と思うのではなく、『こんな時代を経験した』ということを力にして、この地球社会の一員、グローバルシチズンであるという意識を大切に、新しいそれぞれの活躍の場への一歩を踏み出してください。皆さんの希望ある未来を信じ、健闘を祈ります」