「ついにデフォルトか!」と世界が固唾を飲むなか、ロシア政府は2022年3月16日期限のドル建て国債の利払いを履行、ひとまずデフォルトを回避した。
ロシア経済の破たんは、いずれ避けられないとの見方があるとはいえ、このプーチン大統領の「粘り腰」はどこからくるのか――。エコノミストたちは、ロシアは経済制裁に対抗するさまざまな「抜け道」を用意していると指摘する。それはいったい何か?
急落したルーブルが持ち直し、そのワケは?
ロシア政府は、3月16日に期限を迎えた1億1700万ドルの米ドル建て国債の利払いを、当初、経済制裁で外貨準備が凍結されたとして、ルーブルで支払う意向を示していた。ところが一転、ドルで支払う余裕を見せた。いったい、どういう風の吹き回しか――。
そんななか、意外にも一時急落したルーブルが持ち直し、リバウンドの傾向さえ見せ始めていることに注目したのが、第一生命経済研究所の首席エコノミストの熊野英生氏だ。リポート「ねばるロシア、経済制裁に対抗~各種の『抜け穴』を考える~」(3月18日付)の中で、G7諸国の経済制裁のキモである「SWIFT」(国際銀行間通信協会)からのロシア主要銀行排除には大きな「抜け穴」がある、と指摘した。ロシア最大の民間銀行「ズベルバンク」を除外したことだ。
「対ドルでのルーブル価値の推移を確認すると、最近はリバウンドしてきている=図1参照。(中略)これは、首位のズベルバンクを除外したことで、難を逃れたい事業者がコルレス銀行(海外送金の中継銀行)をズベルバンクに切り替えることを容認した効果が、抜け穴として大きく期待されたからだ」
「ズベルバンクを SWIFT から外さなかった理由は、(中略)ロシアを SWIFT から完全排除すると、ロシアの国際的な資金決済の流れをSWIFTを通じて把握できなくなるから、それだけを残したという見方もある」
熊野氏はズベルバンクのSWIFT除外のほかに、ロシアは次のようなさまざまな「抜け道」を用意している可能性があると列挙している。
(1)ロシア独自の「SPFS」という銀行間送金システムを、中国の同じネットワークの「CIPS」に連結して、相互運用を検討していると報道されている。「SPFS」はロシアが2014年のクリミア侵攻でSWIFTから締め出されそうになった経緯を踏まえて作った仕組みだ。中国も同様の理由で「CIPS」を作った。
(2)暗号資産による取引。銀行口座を介することなく、P2P(ピア・ツー・ピア、コンピューター間通信)で決済ができる。分散型の決済システムの強みで、米国は暗号資産ルートもロシアの利用を制限しようとしているが、そうした排除が技術的に可能かどうか疑問。
(3)ロシアは原油など資源輸出の取引を直接しようしている。インド政府は、割安でロシアから原油を購入したと言っている。インド・ルピーとルーブルで直接取引ができれば、ドル決済の制約から逃れられる。
そして熊野氏は、
「予想外にさまざまな抜け道がありそうだ。これは、米国などにとっては、完全な包囲網をつくることが難しいことを示している」
と結んでいる。
ダークホース「インド」がロシアの救世主に?
中国だけでなく、インドもロシア支援に動くのではないかと指摘するのが、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
リポート「SWIFT制裁で始まる中露・印露の国際決済協力」(3月22日付)で、英紙フィナンシャル・タイムズ紙の報道などを引用してこう述べた。
「(フィナンシャル・タイムズ紙は)インドの中央銀行がインド・ルピーとロシア・ルーブルを使った貿易決済制度について検討を始めたと3月18日に報じた。それが実現すれば、欧米諸国が制裁でロシアによる国際決済メカニズムの利用を制限した後も、対ロ貿易を継続することが可能になる」
具体的仕組みは明らかではないが、ロシアの中央銀行とインドの中央銀行とが、お互いに持ち合っている他国通貨の口座を使って、ルーブルとルピーの交換を担い、民間の貿易決済を助ける仕組みなどが考えられるという。インド中央銀行は1992年まで、ルピーとルーブルの交換制度を運営していたのだ。
木内氏は、こう結んでいる。
「インドは、歴史的にロシアとの関係が深く、武器や原油などを輸入している。そのため、ウクライナ紛争においても、インドは中立姿勢を保っているのである。米政府関係者の意に反して、インドはロシアによるウクライナ侵攻を非難する国連決議の採決を棄権している」
ロシア国内では戦争が支持率回復の決定打
ハイパーインフレとロシア国民の声が、今後のカギを握ると指摘するのは、大和総研のエコノミストたち。意外にも、強面のプーチン大統領はロシア国民の支持率をひどく気にするポピュリストだというからだ。
「ウクライナ問題に関する緊急レポート」(3月18日付)は、リサーチ本部長の熊谷亮丸氏ら9人のエコノミストによる力作だが、その中で注目したのがプーチン大統領の支持率だ。
図表2は、ロシアの独立系(非政府系)世論調査機関である「レバダセンター」によるプーチン大統領の20数年間にわたる支持率の推移だ。大和総研はこう指摘する。
「(2022年の)直近2月にやや上昇していることが見て取れるが、実際にロシア軍によるウクライナ侵攻が始まった2月24日以降のロシアの世論を見るには、3月以降の調査を待つ必要があろう。(中略)ここで注目しておきたいのは、2018年に支持率が急落し、後も停滞が継続していることである。振り返れば、2014年のクリミア併合・ウクライナ東部紛争も、プーチン氏への支持率が顕著に低下する中で勃発した」
図を見ると、確かにクリミアに侵攻する直前の2014年、プーチン氏の支持率は約60%と過去最低に低迷していた。ところがウクライナに戦争を仕掛け、クリミアとドンバス地方を占領した途端、一気に支持率が約97%と過去最高に上昇した。国際世論が激しく批判するなか、ロシア国内では戦争が支持率回復の決定打となったのだ。その理由を大和総研はこう説明する。
「ロシアには『超大国ソビエト連邦』へのノスタルジーがかなり広く共有されている(中略)。2014 年の『成功体験』がプーチン氏に今次のウクライナ侵攻の誘因を多少なりとも与えたのであれば、今後、同氏の支持率は『プーチンの戦争』の帰趨を占ううえで、 極めて重要な指標となり得る。プーチン氏は強面ながらも支持率に強いこだわりを持つポピュリストでもある(中略)。2014年当時と異なり、支持率が停滞を脱することがないのであれば、プーチン氏にとって戦争を継続することの便益の一つが失われる」
そして、大和総研では今後のプーチン氏の動向を、こう予測する。
「ルーブルが暴落し、供給ショックと相まってハイパーインフレが引き起こされる。多くのビジネスは止まり、投資は停滞し、人々の生活水準の劇的な悪化によって消費は収縮する。(中略)それらはすべて、『プーチンの戦争』のコストである」
「ロシアの人々の声を決めるのは『超大国ノスタルジー』の強靭さと経済であると述べたが、比重は徐々に経済に移っていく。(中略)はっきりしているのは、時間はプーチン氏に味方をしないこと、(中略)『プーチンの戦争』に持続可能性がないことを経済が証明するであろうことだ」
(福田和郎)