「ポスト黒田」をにらんで注目された日本銀行の審議委員候補が決まった。
大規模な金融緩和を推進してきた「リフレ派」とは一線を画す元バンカーらが指名され、日銀が異次元緩和からの「出口戦略」への方向転換になるのか、がポイントだ。
黒田総裁支えた「リフレ派」の論客が退任
日銀の最高意思決定機関である政策委員会は、総裁、副総裁2人、審議委員6人の計9人で構成される。年8回開催する定例の金融政策決定会合では、当面の金融政策運営の方針などを多数決で決める。
その審議委員は、国会の同意を経て決まる。今回、7月に退任するエコノミストの片岡剛士氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング出身)と、三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)出身の鈴木人司氏の2人が5年の任期が満了して退任するのに伴う人事。
政府は2022年3月1日、2氏の後任に、それぞれ岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏と三井住友銀行上席顧問の田村直樹氏を充てる同意人事案を衆参両院に提示した。
これまでわずかな期間を除いて審議委員にはメガバンク出身者がおり、田村氏の指名で今回も踏襲された。三井住友銀行の田村氏は、役員として経営企画やリテール部門などを統括し、銀行界の調整役を担う全国銀行協会の企画委員長も経験している。金融政策へのスタンスは明確ではないが、「業界代表」ともいえるメガバンク出身委員が極端な見解を持つとは考えにくい。
そこで注目されたのが、リフレ派の論客として知られた片岡氏の後任だった。片岡氏は最近の金融政策決定会合でも、緩和をさらに強化するべきだとして、今の政策の維持に唯一人、反対票を投じるなど、異次元緩和を推し進めてきた黒田東彦総裁をも超越する超緩和路線の象徴ともいえる存在だった。
後任に指名された高田氏は、東大経済を卒業し日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。みずほ証券市場調査部長を務めるなど、債券市場を中心に分析してきたマーケットのスペシャリスト。みずほ総合研究所副理事長を経て2020年に岡三証券に移った。
金融緩和について年金運用や銀行収益を圧迫するなど副作用も指摘し、2%の物価目標にこだわると金融緩和が際限なく続くとして、目標設定を現実的なものに見直すべきだとも主張してきた。「異次元緩和脱出」などの著書もあり、明らかにリフレ派と一線を画す立場だ。
コロナ禍、ウクライナ危機...... 懸念されるスタグフレーション
2013年3月に黒田総裁を就任させた当時の安倍晋三政権は、大胆な金融緩和政策をアベノミクスの柱に掲げ、内閣官房参与だった本田悦朗氏らリフレ派の推薦をもとに日銀政策委員会にリフレ派を次々と送り込んだ。
岩田規久男副総裁(13年3月~18年3月)、原田泰委員(15年3月~20年3月)を経て、現在は片岡氏(17年7月~)、若田部昌澄副総裁(18年3月~)、安達誠司委員(20年3月~)、そして安倍政権を引き継いだ菅義偉政権が選任した野口旭委員(21年4月~)の4人がおり、片岡氏が抜けると、政策委員会9人の中でリフレ派は3人となる。
黒田総裁が異次元緩和をはじめてから約9年になるが、2%の物価目標に届かず、黒田総裁はデフレ脱却に向け緩和継続の姿勢を変えていない。日銀が目指してきたのは、金融緩和で景気を良くし、需要が主導する形で物価が緩やかに上がる状況だ。
他方、足元では新型コロナウイルスのパンデミックによる生産・物流の混乱もあって、原油や穀物など、供給要因でインフレ圧力が強まる「悪いインフレ」への警戒が世界では高まっている。さらにロシアのウクライナ侵略が加わり、これに伴うエネルギーを含む経済制裁などで一段の物価上昇と景気の落ち込みが同時進行する「スタグフレーション」を懸念する声も強まっている。
米国は金融緩和を終了し、金利の早期引き上げに動くが、景気動向は予断を許さず、日本も物価と景気をにらみ、金融政策の舵取りは難しさを増す。
そうしたなか、今回は岸田文雄政権になって初めての日銀人事で、来春に任期満了を迎える黒田総裁の後任人事を占う意味でも注目された。異次元緩和からの「出口戦略」の議論を封印する黒田日銀だが、年後半には次期正副総裁の人選も本格化する。今回、岸田政権が高田氏を指名したことで、金融緩和の修正も、ようやく視野に入ったと言えそうだ。(ジャーナリスト 岸井雄作)