コロナ禍で社員教育の現場が大きく変わってきた。
変化の背景には、会社の日々の業務でリモートワークの機会が増えていること、またZ世代といわれる新卒者などの若手社員は大学や高校でのオンライン授業を経験しており、リモートワークに慣れていることがある。「教える側」「教わる側」の双方のコミュニケーションの仕方に変化が起こったのだから、社員教育の現場が変わらないわけにはいかないのだ。
今回は新年度のスタートを前に、Z世代への社員教育について、リクルートマネジメントソリューションズ HRDサービス開発部主任研究員、桑原正義さんに話を聞いた。
Z世代が持つ「みんなで力を合わせて前進する」という価値観
――社員研修などのトレーニングの研究開発というのは、どのようなお仕事ですか。
桑原正義さん「私は、とくに入社1年目~3年目向けの新人若手領域の研修プログラム開発を手掛けています。そのために、受講者となる新人若手の世代――1990年代後半生まれ以降のいわゆる『Z世代』の研究など、研修開発の手前となる部分から取り組んでいます。
現在はリモート環境などでの新しい働き方も含めて、大きく職場は変わっています。研修も既存のスタイルから、新しい方法論へのアップデートが求められています。オンライン研修はもちろん、職場での実践を交えながら学びの定着を進めていくタイプの新しいトレーニングなどを探究し、お客様と一緒に実験しながら、新しい研修プログラムを開発しています」
――そもそもZ世代とは、どのような世代なのでしょうか。
桑原さん「弊社のアンケート結果からZ世代の特徴をみると、今までと違う価値観が現れてきています。たとえば、『お互いに鍛えあう』という考え方が、この10年間大きく減っています。その一方で、『助け合う』が大きく増えていて、新しい軸だと考えられます。つまり、『一人ひとり、厳しい環境で鍛えあって成長していく』のがこれまでの価値観だとすると、Z世代は『みんなで助け合って、力を合わせてやっていきましょう』という価値観になっています」
――Z世代が生まれた背景には、時代的な流れもあるのですか?
桑原さん「今まさにVUCA(社会やビジネスに正解がなく未来の予測が難しくなる状況。Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguityの頭文字を取った造語)の時代の真ん中で、大きな転換期のフェーズに来ていると思います。1990年代前半ぐらいまでは、これまでの価値観で、世界も日本企業も大きく成長してきました。
ところが、最近のSDGs(持続可能な開発目標)などに見られるように、その持続性につながる事業成果やソーシャルインパクト、さらにはWell-being(肉体的、精神的、社会的すべてが満たされた幸福な状態)という従業員の健康や幸福を尊重した方向が出てきています。とはいえZ世代にとっては、ある意味、生まれながらこうした価値観の中で生きてきた人たちです。彼らにしてみれば、今の時代の流れは自然なこととして、とらえているのです」
――ということは、社員研修も時代によって変わっていくのですね。
桑原さん「これまでの価値観では、会社が決めた事をしっかりやる。社員の育成は、上司や経験が豊富な優れた人に指導を受けながら、みんなで戦っていく。そうすると、会社も成長して報酬や昇進、見返りがたくさんあるので、自分自身の個性や多様性を重視するよりも、そのほうが結果的にはうまくいく。――そういう考え方でした。そして、多くの人が幸せになれるやり方でした。
ところが、現在の環境ではそれだけで幸せになれない、とみんなが気づいた。そして、今の価値観が出てきたと思います。多様性を生かすのは右倣えではありません。これまでの全員で一致団結していく価値観からすると、非効率で難しい面が出てきます。でも、一人ひとりの意見や個性を尊重することで、新しいアイデアや創造が生まれやすくなったり、従業員のエンゲージメントも上がりやすくなったりするのです。
これは、どちらがよいかという議論ではなく、必要に応じて使い分けられるべきだと思います。とはいえ、一気にこの価値観でやろうとすると、社内がバラバラになってしまうかもしれません。強いリーダーが引っ張っていく、言うべきことをフィードバックして成長を促す、ということもまだまだ必要です。つまり、これからの価値観をバランスよく取り入れられるか、がキーワードです。『両利き経営』といわれますが、そうした経営スタイルやマネジメントに向けて、アップデートしていくことが求められていると思います」
オンライン研修は本音を引き出しやすい
――コロナ禍でリモートワークが多くなりました。コミュニケーションの取り方について、この2年間の変化をどのように感じていますか。
桑原さん「リモートで人を育てたり仕事を進めたりするのは、多くの人が経験したことがなかったことです。やはり、最初の1年間はかなり混乱と試行錯誤の時期だったと感じています。弊社も研修はずっと対面でやってきましたので、コロナ禍の初年度はオンラインで受講することに対して、前例がないだけに混乱しました。また、『これでいいのかな?』という思いを持ちながら、お客様と一緒にやってきました。
1年間の経験を踏まえると、2年目からはいろんな工夫例や、『こういう環境なら、こういうやり方がいいのでは』という、新たな知恵などが生まれ始めてきました。アップデートされるような動きになってきたわけです。今は、リモートのマイナス面だけでなくプラス面にも関心を向けています」
――リモートでのプラス面はどのようなところですか?
桑原さん「人材育成の面では、研修受講者の声で多かったのが『同期の関係作り』の難しさでした。『入社して一度もリアルで会ったことない同期に、相談なんかできません』と。逆に言うと、それ以外のトレーニングは、対面の場合と遜色なく十分にオンラインでもできていたともいえます。
また、研修の意義は、学んだことを職場で実践して、よい結果につなげることです。しかし、従来の研修ではどうしても2~3日かけて一気に学ぶので、その後の実践は受講者に委ねられる、という課題がありました。それに対してオンラインなら、集める負荷が下がります。そのため、集合研修を1日ずつ数回に分け、その間に1か月程度の職場実践まで含めてデザインすることで、より実践力を高められる可能性が高いと考えています。
さらに、オンライントレーニングは、Z世代との相性がよいです。とくに、オンラインでは『フラットな学び』や『一人ひとりの参画意識』が高くなり、それがZ世代に対しては有効だと見ています。
一方で、Z世代は、自分自身の考えていることや思いを表に出すことを躊躇する傾向があります。集合研修で『みなさん、何かご意見ありますか』と聞くと、全員の前ではなかなか発言が出ません。しかし、『オンラインでチャットしてください』と言うと、バーッと発言が並んでいく。それは学習的には大きなメリットです。一人ひとりが参加する割合や頻度が集合研修以上に増えるので、全員がフラットに自由に意見を言い合いながら、学んでいくことができるのです」
――オンライン研修のほうが社員の本音を引き出しやすいのでしょうか?
桑原さん「オンラインの場合、目の前の空気というか、上下感がなくなるので、空間がフラットになりますね。たとえば、画面でいうと全員同じ面積ですよね。ZOOMなどがそうですが、見た目も25分の1の面積で均等で、フラットな環境に置かれやすい。そしてZ世代にとってチャットは、面と向かって話す以上に、やり慣れたツールで、本音を出しやすいのだと思います」
――Z世代が取引先やお客様とコミュニケーションするうえで、対面時とオンラインでの会話でのやりとりにギャップが出たりしないのでしょうか。
桑原さん「そこは、どうでしょう。お客様からの話で、オンラインと対面した時と印象が違ってしまうということは聞いたことはありませんね。
ただ、若手の営業は『オンライン営業のほうがやりやすい』という人が多い印象を受けます。やはり、緊張感が圧倒的に違うみたいです。たとえば、面と向かってお客様のところに行ったら、場合によっては大勢の人に囲まれてしまうでしょう。オンラインの場合はそういうことがなくて、やりやすさがあるようです。
もっとも、オンラインだけで人間関係作りはうまくいきません。私は立教大学でも講師をしていますが、1回目の授業は全員と対面で会ってその後はオンラインだったケースと、コロナ初年度で最初から最後までオンラインだったケースを比較すると、『全員で会ったクラス』のほうが受講生どうしのコミュニケーションが活発になり学びにもプラスに働きました。ですから、相手と一度会っておくというのは大きいわけです。
このあたりは、世代による慣れやニーズの違いもあるように感じます。リモートOJTなどをおこなう場合、上司とどれくらい世代差があるかによってリモートでの育成だけでも比較的スムーズに進む職場と、『会わない』とほぼ滞ってしまう職場とに分かれてしまうかもしれません」
<変わらなければならないのは「教える」上司と「教わる」部下の両方です! リクルートマネジメントソリューションズの桑原正義氏に聞く(後編)>に続きます。
(構成 牛田肇)
【プロフィール】
桑原 正義(くわはら・まさよし)
リクルートマネジメントソリューションズ
HRDサービス開発部 トレーニング開発グループ 主任研究員
1992年、株式会社人事測定研究所 (現リクルートマネジメントソリューションズ)入社。営業、商品開発、マーケティングマネジャー、コンサルタント職を経て2015年より現職。探究領域は、VUCA×Z世代の育成アップデート、「個を生かす」生成アプローチ。NPO法人青春基地(プロボノ)。立教大学経営学部BLP兼任講師。