本書「どこでもオフィスの時代」(日本経済新聞出版本部)のタイトルを見て、リモートワークの本かと思ったら、少し違っていた。
サブタイトルの「人生の質が劇的に上がるワーケーション超入門」にあるように、実は、ワーケーションについての本だった。ワーケーションとは、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を合体させた造語なのだが、いったいどんなものだろうか?
「どこでもオフィスの時代」(一般社団法人見つめる旅著)日本経済新聞出版本部
著者の「一般社団法人見つめる旅」は、長崎県・五島列島を舞台に活動している団体。理事4人は、全員が東京で本業を持ち、副業として法人を立ち上げ、ワーケーションの企画・運営などを手がけている。2018年から五島列島でのワーケーションを手がけた実績から、他の地域からもワーケーションの相談を受けるようになったという。
はじめにワーケーションの定義をしている。
ワーケーションと聞いて、「旅をしながら仕事をすること」や「自宅やオフィスから離れた自然の中でリフレッシュしながら働くこと」と思っている人が多いだろう。
それは半分当たっているが、ワーケーションの本質は残りの半分にあるという。それは、「自分で決めること」だというのだ。
オフィスや自宅以外の好きな場所を選び、仕事と休暇のバランスも自分の好きなように決めて過ごす――ここがポイントだ。
小さなことから自分で決める体験を繰り返し、場所と時間をデザインしていくことこそが、ワーケーションの本質。大切なのは、「今、一番行きたい場所」へいくことだ。
もう少し補足しておくと、自分の根源的な欲求を満たすために、具体的な行動を起こすと、次の行動のハードルが劇的に下がる。そうやって自分の「人生の主導権」を取り戻すこと――それこそが、ワーケーションの目的だ、と書かれている。
ワーケーションとリモートワークの違いは何か?
ワーケーションとテレワーク(リモートワーク)に本質的な違いはないという。
今の自分に最適な「場所」と「時間」を自らデザインする手段という点において、まったく同じだからだ。だから必ずしも、旅に出て、どこか別の場所で働かなければいけないというものではない。いまの自宅が自分にとって最適な場所であれば、自宅でもいいのだ。
とはいえ、本書は「偶発性」の重要性を説いている。どういうことか。旅先での「出たとこ勝負」が、人生の幅を広げるという。
ワーケーションにおける「WORK」は、3つあると説明する。
1 普段やっていない仕事を同じようにする
2 普段できない仕事をする
3 次の仕事のネタを探す
1をこなすにはWi-Fiのようなオフィス的環境が必要だが、2はそうではない。むしろ、電波も入らないような環境のほうが集中できてはかどる。
1と2は「今の仕事」であるのに対して、3は「未来の仕事」だ。それには「ネタと遭遇するための余白」が必要だ。わざわざ遠くに出掛けるのだから、1は必要最低限に抑えて、2と3に時間を割いたほうがいい、と書いている。
そのうえで、いいワーケーションの4つの基準を挙げている。
1 ハードとソフトのバランス 「通信環境の整ったハコモノ」以外の内容も充実しているか
2 価値観の異化レベル 「日常では味わえない多様な刺激」が受けられるか
3 参加者の能動性レベル 「自分から動ける人」がたくさん参加しているか
4 地域との協業レベル 地域の人や企業も関わり、その土地固有の魅力が味わえるようになっているか
ワーケーションによる離職率ダウン効果は?
ワーケーションにはさまざまなタイプがある。
まずは、子どもを連れて参加する「ファミリーワーケーション」。五島列島のワーケーションでは、地域の保育園の一時利用、小学校の体験入学、アウトドアスクール、見守りサービスなどを準備。平日の昼間は、子どもは子ども、大人は大人で別々に過ごし、夜や週末は親子一緒に旅先を満喫する。そんな工夫もしているそうだ。
企業からのニーズが高いのが、「合宿・研修型ワーケーション」だ。人気があるのは和歌山県の白浜町だ。東京から飛行機で南紀白浜空港まで約70分というアクセスのよさから、IT企業の誘致が進み、現在11社が進出。それらの企業が、ワーケーションというかたちで、合宿や研修も兼ねて社員を送り込んでいる。
ほかにも、あるメガバンクは3か月に一度、社内のプロジェクトチームや全国の支店の若手などが2泊3日する社内プログラムを実施しているそうだ。2日間はグループ討論、3日目は地元の農家でのボランティア作業をする。銀行の社会的役割を感じる機会にもなっている。
最近では、行政と企業がタッグを組んだ「事業創造型ワーケーション」も出てきた。「公共交通が維持できず、お年寄りが買い物難民になっている」「漂着する大量の海ゴミを拾う人手が確保できない」など、地域特有の課題に対して、技術や知見を持つ企業がコミットするというものだ。しかし、地域の課題解決は複雑なので、まず、「地域を知る→好きになる」プロセスを大事にしてほしい、と書いている。
2020年度、テレワーク可能な社員2000人のうち4分の1の約530人がワーケーションをしたJAL(日本航空)では、20代の離職率ダウンに効果があったそうだ。ユニリーバ・ジャパン、パソナ・グループの取り組みのほか、ワーケーションをきっかけに移住した人、起業した人も紹介している。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などの著書がある著作家の山口周さんは、「人生で一番大切な決定事項は『場所』」だとして、「生きたい人生を生きよう」と序文を寄せている。山口さん自身、東京から神奈川県の葉山町に引っ越して、確実にいい人生を送っているという。
評者も10年ほど前から年に数回、自宅以外の場所で1~2週間リモートワークをしているが、それも一種のワーケーションかもしれない。Wi-Fiさえつながれば、どこでも仕事ができる時代に感謝している。本書を読み、五島列島にも行ってみたくなった。
(渡辺淳悦)
「どこでもオフィスの時代」
一般社団法人見つめる旅著
日本経済新聞出版本部
1980円(税込)