ウクライナ侵攻を止めないプーチン大統領に対する強い経済制裁によって、ロシア国債のデフォルト(債務不履行)のカウントダウンが始まったようだ。
2022年3月、欧米の格付け大手会社が相次いでロシアの信用格付けの大幅引き上げを発表した。ロシア国債利払い期限が3月16日に迫っており、デフォルトに陥る危険性が高いとエコノミストたちは指摘する。
ロシア経済が「焼け野原」になった後でないと、プーチン大統領は和平の席につかないのか。世界経済はどうなるのか。
ロシア全産業10%供給ダウンで、欧州は0.07%最終需要減だが...
ロシアにデフォルト(債務不履行)が起こり、ロシア経済が金融危機に陥ったら世界経済にどんな打撃を与えるのか。非常にわかりやすいチャートで示したのが、ニッセイ基礎研究所の経済研究部准主任研究員の高山武士氏だ。
高山氏のリポート「ロシア経済悪化の他国・地域への影響」(3月9日付)のなかで、国際産業連関表を使ってロシアとその他の国々との経済的なつながりを図表で示した。
高山氏は、ロシア経済の落ち込みの他国・地域に与える影響を、モノやサービスの「供給」(輸入)と「需要」(輸出)の2つに分けて、次のように示した。
(1)ロシアで供給される原油・天然ガス、穀物などのモノ・サービスがどの国・地域で使われているか。簡単にいえば、ロシア産商品の消費地、つまりロシアからの輸入だ=図表1「ロシアの付加価値の供給先」参照。
ロシアからの輸入減少による影響の度合いは、チェコやトルコが大きい。次いでイタリアやドイツといったユーロ圏の国々や韓国が上位に位置する。一方、米国や日本、オーストラリアの影響度は主要国のなかでもかなり小さい。
(2)ロシアの人々が求める工業製品などのモノ・サービスがどの国・地域で生み出されたものか。簡単にいえば、ロシアで消費される商品の原産地、つまりロシアへの輸出だ=図表2「ロシアの最終需要の付加価値構造」参照。
こちらの影響の度合いは(1)のロシア産商品の消費地の図に類似している。
この2つの図表をみると、ユーロ圏の国々の影響度がかなり高いことがわかる。高山氏はこう指摘する。
「仮にロシアの全産業で一律に10%の供給が止まったとすると、(中略)ユーロ圏で経済対比0.071%の最終需要が減る程度の関係である」「ただし、(中略)負の供給ショックがもたらす物価上昇や生産量の減少は加味していない。供給ショックが波及する過程で、川上の供給不足以上に川下の最終需要が減少する可能性もある」
「産業連関構造が大きく変化し、制裁国である西側諸国とのつながりは縮小する一方で、それ以外の地域、例えば中国などとのつながりがむしろ拡大する(ロシアからの供給が増える)といった変化が想定される点にも留意する必要がある」
つまり、欧米諸国がロシアとの取引を遮断すると、ロシアのモノ・サービスが前述の2つの図表でも大きな存在感を示している中国に流れる可能性があるというわけだ。
「敵の敵は味方」、中国がロシア支援に踏み切る事情
同じくロシアがデフォルトに陥っても中国が救いの手を差し伸べるのではないか、とみるのは、第一生命経済研究所の主席エコノミスト西濵徹氏だ。 西濵氏のリポート「中国当局が目指す『経済の安定』の観点からみたウクライナ問題」(3月9日付)のなかで、今秋の共産党大会で異例の3期目入りを目指す習近平指導部としては、ロシアと手を結ぶ必要があると指摘した。
「政治の季節」が近づいており、ロシアのウクライナ侵攻は是認できないが、物価とエネルギー問題で不透明感が増す「経済の安定化」が何より重要だからだという。西濵氏はこう指摘する。
「今年1~2月の中国のロシアからの輸入額は、前年同月比プラス40.1%と高い伸びが続いているほか、ロシア向けの輸出額も同プラス41.4%と輸入同様に高い伸びで推移しており、中ロ間の経済的な結び付きが強まる」
「中国にとっては(中略)物価上昇が景気回復の足かせとなる懸念がくすぶるなか、食料安全保障及びエネルギー安全保障を担保する観点からロシアとの関係強化に動く可能性も考えられる」
そして、「欧米諸国とロシアとの亀裂が深まるなか、米中摩擦を抱える中国にとっては『敵の敵は味方』との論理を背景に、中ロが接近を一段と強める可能性はある」というわけだ。
早くも始まったのか? ロシアの報復「サイバー攻撃」
さて、ロシアのデフォルトが世界と日本経済に与える影響はどのくらいのものか――。
「1998年のロシア通貨危機と2014年のクリミア併合時のルーブル大暴落に比べれば被害は少ないだろう」と分析するのは三菱総合研究所だ。「ロシアのウクライナ侵攻による世界・日本経済への影響」(3月9日付)のなかで、その理由をこう説明する。
「クリミア併合後、先進国の金融機関は、概ねロシア向け与信を償却可能な範囲に抑制している」「金融システム不安に発展する可能性は低い」「中長期的には、西側諸国からのロシア向け与信は一段と圧縮される方向に進むだろう」
三菱総合研究所では、ウクライナ侵攻による2022年の世界経済の下振れを、実質GDP(国内総生産)マイナス0.5%と試算。とくに欧州は、ロシアとの結びつきが強いことから、マイナス1.0%と影響が大きいが、日本はマイナス0.5%と、主要国のなかでは小さい。主にエネルギーや木材などロシアからの調達制約が影響している=図表3参照。
三菱総合研究所が心配するのは、ロシアからの「経済制裁」に加担した国への報復、なかでも「サイバー攻撃」の危険性だ。
「西側諸国の経済制裁に対するロシア報復措置のひとつとして、政府や企業に対するサイバー攻撃が想定される」「2021年には、米石油パイプライン運営会社へのサイバー攻撃により、米東海岸のパイプラインが一時的に操業できない事態に陥った」「2022年3月には、日本の自動車メーカーのサプライヤー1社へのサイバー攻撃により、メーカー全体の生産活動が1日停止し、経済影響が生じた」
これは3月1日、トヨタ自動車の系列部品会社がシステム障害を起こし、国内工場の複数ラインの稼働を停止したことを指すのだろうか。
プーチン大統領は、米国大統領選のカギを握る
もう一つ三菱総合研究所が注目するのは、今年11月に行われる米国中間選挙への影響だ。バイデン政権が実施した強力なロシア制裁は国内世論から評価され、ウクライナ対策の支持率は43%と、経済制裁発表前から9%ポイント上昇した。
「ただし、インフレ圧力の強まりなどから、政権の支持率は依然として低迷が続いており、(中略)与党民主党の苦戦が予想されている」「エネルギー価格高騰などによるインフレの加速が、一段と政権支持率を低下させる可能性がある」
「一定の成果を上げることができれば、中間選挙への追い風となる可能性がある一方、有効な制裁を打ち出せず、インフレへの不満がウクライナ対応への評価を上回るようになれば支持率を一段と下押ししかねず、バイデン政権の正念場といえよう」
つまり、ロシアをデフォルトに追い込んでも、プーチン大統領の強気を崩せず、ウクライナ対策で有効な手立てを繰り出せなかった場合、中間選挙で敗北し、2024年の米大統領選にも暗雲が立ち込めるというわけだ。
(福田和郎)