キリンホールディングス(HD)の海外戦略が、大きな岐路に立たされている。
ミャンマーのビール事業、中国の清涼飲料事業からの撤退を相次いで発表した。政治リスクも考慮し、新興国市場の開拓に注力する方針を転換するものになりそうだ。
「最後のフロンティア」ミャンマー市場からの手痛い撤退
ミャンマーは2011年の民政移管で「最後のフロンティア」ともてはやされ、日本からも多くの企業がわれ先に進出した。キリンHDも2015年に進出し、現地資本との合弁2社を運営。主力商品の「ミャンマー・ビール」は、21年2月のクーデターまで8割近いシェアを握り、キリンHD全体の事業利益の1割近い160億~170億円を稼ぐ文字通り「ドル箱」だった。
しかし、合弁相手は国軍系のミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)で、キリンHD側はクーデターで民衆を弾圧する軍への資金提供になるとの批判を回避すべく、合弁解消を求めた。だが、MEHLが応じず、キリンHDはシンガポールの国際仲裁裁判所に提訴もしているが、合弁解消の見通しが立たず、事業継続は困難と判断。クーデターから約1年経過した22年2月14日、撤退を発表した。
一方、中国の事業は、華潤集団との合弁で、キリンHDが4割出資して2011年設立。そして、ミネラルウォーターを主力に、グループ企業のキリンビバレッジが手掛ける「午後の紅茶」なども製造販売してきた。しかし、キリンHDは株の持ち分すべてを10億ドル(1150億円)で中国系のファンドに売却する。22年12月期決算に売却益約390億円を計上する見通しだ。
売却益が出るくらいだから有望事業にも思えるが、中国の清涼飲料市場は現地企業のほか、米コカ・コーラや台湾の大手などが競う。日本と同様に市場が成熟化に向かい、利益率は逓減していくとみられており、今後も安定的に収益を上げていくのは容易ではないと判断したとみられる。
キリンHDは、全額出資の現地子会社などを通じたビールの現地生産は続ける。また、華潤との業務提携は継続し、知的財産の提供などの関係は維持する見通しだ。
高付加価値ビールの海外展開、健康関連事業への期待
キリンHDの海外事業は失敗続きといえる状況だ。
2011年にブラジルでシェア2位のビール会社を3000億円で買収したが、業績は振るわず、17年に1000億円でハイネケン(オランダ)に売却。豪州でのチーズ事業と飲料事業も19~21年に売却するなど、軒並み不振で、相次いで撤退を強いられた。例外だったミャンマーも政治的理由で撤退するのは、キリンHDとしては、いかにも手痛い事態だ。
では、どこに活路を見出そうとしているのか。国内のビールや飲料市場は成熟しており、成長は見込めないので、はやり注目は海外戦略になる。
キリンHDが力を入れようとしているのが、高付加価値のクラフトビールだ。
小規模な醸造所がつくる、多様で個性的なビールで、価格は高く、利益率も高い。世界のビール市場でも、有望分野とされる。
そこでキリンHDは、21年末に豪ファーメンタム・グループ、22年1月に米ベルズ・ブルワリーを、それぞれ約400億円で買収した。今後について磯崎功典社長は「クラフトビールは有望であり、積極的に(買収などを)検討する」と述べている。
もう1つ、キリンが力を入れるのが健康関連事業だ。
中期経営計画(2022~24年)によると、健康関連で600億円の設備投資を行うと盛り込んでいる。子会社の協和キリンなどが担う同事業の売上高を20年の900億円から24年に2000億円に引き上げ、事業利益率を15%にするとの高い目標を掲げる(20年は10億円の赤字)。
具体的には、細菌の感染への抵抗力を高めるとされる独自開発の機能性素材「プラズマ乳酸菌」、世界で初めて大量生産に成功した「ヒトミルクオリゴ糖」(母乳に含まれ、免疫や脳機能などに寄与するとされる)などに力を入れる。このほか、医薬品原薬(有効成分)の海外展開を加速する考えだ。
2021年12月期のビール4社の決算は、サントリーHDとアサヒグループホールディング(GHD)が増収・最終増益、サッポロHDが増収・黒字転換の一方、キリンHDは減収、ミャンマー事業の減損損失計上で大幅減益になった。
ライバルのアサヒGHDは、豪州や欧州の巨額買収で高級ビールのブランドを得て、収益にも貢献し始めている。キリンHDがクラフトビールと健康関連事業でどこまで巻き返せるか。早期に結果を出すことが求められている。(ジャーナリスト 済田経夫)