ウクライナに侵攻したロシアに対抗し、米欧や日本などは世界的金融ネットワーク「SWIFT」(スイフト)からロシアの主要銀行を排除する制裁措置を科すことを2022年2月26日に決めた。
経済制裁としては「最強・最悪」の手段で、同日、ロシア通貨のルーブルは大幅に下落したが、プーチン大統領はむしろ攻撃の激しさを強めるばかりだ。
「SWIFT排除」はプーチン大統領に効いているのか。何かウラがあるのか。エコノミストの分析を読み解くと――。
ロシア経済は3割に縮小...世界経済も大きなリスク
この最強経済制裁によって、「ロシア経済は3分の1にまで縮小するだろう。しかし、世界経済は大きなリスクを背負うことになる」とみるのは野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏のリポート「SWIFT制裁はロシアの貿易にどの程度打撃を与えるか」(3月2日付)のなかで、ロシアの通貨ルーブルの暴落がロシア経済縮小のカウントダウンとなったとして、こう具体的な数字をあげる。
「2020年上期で、ロシアの貿易の最大の相手国は中国で、その比率は18.1%である。米国は4.7%、日本は3.1%だ」「中国に加えて、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベクスタンなど(中略)先進国からの制裁を受けても、なお貿易が続けられそうなロシアの友好国との貿易の比率は、上位20位で見ると35.8%である」
今回のロシアと同じように、2018年にイランが「SWIFT排除」の制裁を受けたときは、イランの輸出は3分の1に減り、GDP(国内総生産)は8%程度低下したという。このときの経験や今回のルーブル暴落率などから試算すると、ロシアのGDPが10%減少する場合、世界のGDPは直接的に0.17%低下するという。
しかし、もっとひどい事態が起こりそうだと、木内氏は指摘するのだ。
「これも相応な打撃ではあるが、それ以上に世界経済への打撃となるのは、ロシア制裁の強化に伴うエネルギー供給への打撃とエネルギー価格高騰の影響である」「今後、先進国が段階的に対ロシア制裁を(中略)最大限まで強化する場合、ロシア経済の悪化とエネルギー価格高騰の2つが重なって、世界経済へのリスクは、GDPでマイナス0.5%からマイナス1.0%など、かなり大きく高まることになる」
将来、デジタル通貨でドルに対抗?
一方、追い込まれたロシアには欧米諸国に報復する「奥の手」が残されていると警戒するのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。
熊野氏のリポート「追い込まれるロシア、遂にSWIFT排除~どの範囲まで貿易取引は停止するか?~」(2月28日付)のなかで、「ロシアの中央銀行が為替介入できなくなり、ルーブル下落に拍車がかかるが、今後、ロシア側からの報復が怖い」として、こう指摘する。
「経済制裁は、G7がロシアを一方的に締め上げるニュアンスがあるが、実際はロシアだけではなくG7も同時に経済的打撃を被る。それを覚悟して、SWIFTからの締め出しを決定したのだろう」「こうした米国の強権発動は、一見、米国のドル覇権の威力を見せつけるものであるが、制裁されるロシアや制裁を懸念する中国などには、ドル決済から離れる強い動機を与える。中長期的には、米国の力を弱めることになるだろう」
「欧米」VS「中ロ」という世界経済の分断につながりかねない危険性があるというわけだ。また、実はSWIFTからの締め出しには「穴」があると、熊野氏は注意喚起する。その際、デジタル通貨がカギになるというのだ。
「そもそも、ドル決済停止がダメージを与えるのは、資金決済が銀行口座を通じて行われているから」「この懲罰的措置をかわすため、デジタル通貨を使い、国際決済機関の勘定を使用せずに、貿易取引相手が相互に支払いを完了させる方法がある」「ただし、今回の件では、そうした対応はできなさそうだ。仮に、ロシアの貿易事業者が暗号資産を使おうとしても、貿易取引を暗号資産で決済しようという契約にはなっていないからだ」
しかし、近い将来、ロシア・中国がドル覇権に屈しないために、デジタル・ルーブルやデジタル人民元を、安全保障の目的で流通させる可能性を残した。
ところで、ロシア側の「報復」とは何を意味するのか。熊野氏はこう指摘する。
「ロシアが報復措置として、レアメタル・レアアースの輸出停止を実施する可能性である。パラジウム、コバルト、ニッケル、白金などの鉱物資源である。日本では、2021年は半導体不足によって、自動車などの生産活動が落ち込んだ。今後、ロシアがレアメタルを禁輸すると、同様に日本の製造業は、生産ができなくなる品目が発生する」
すでに3月2日、原油価格は1バレル100ドルを突破した。熊野氏は、
「(原油価格の急上昇で)日本の素材産業への打撃は大きくなる。家計にも、数か月のタイムラグをおいて、値上げラッシュが起こるだろう。日本経済の前には、当面、大きな不確実性が横たわりそうだ」
と結んでいる。
ウクライナ問題で「欧米」と「中ロ」分断
熊野氏は近い将来、米国を中心とした「ドル覇権」にロシアと中国がデジタル通貨で対抗する可能性を示唆したが、すでに現在、「表面的に中立を装っている中国が、ロシア支援に動く可能性がある」と指摘するのは第一生命経済研究所主席エコノミストの西濵徹氏だ。
西濵氏のリポート「『SWIFT排除』で一気に状況が怪しさを増すロシア~ロシア経済を取り巻く状況は厳しさを増す一方、世界経済はデカップリングの様相を強める可能性も~」(2月28日付)のなかで、事態悪化前の2月初めに行われた中ロ首脳会談に注目した。
両国は、ロシア産小麦の中国への輸入拡大や、原油と天然ガスの供給拡大に加え、両国間の貿易決済に自国通貨(人民元とルーブル)を拡大することで合意した。西濵氏のリポートによると、これらの履行は事実上ロシアを支援するかっこうとなる、というのだ。
中国がロシアを支援するメリットは何か。西濵氏はこう指摘する。
「中国は2018年に上海先物取引所で人民元建ての原油先物取引を開始しているほか、(中略)人民元による国際原油取引を拡大させる取り組みを進めてきた」「ロシアのSWIFT排除によりロシアと中国の間の原油取引が拡大すれば、原油取引に占める人民元の存在感が高まる『副作用』が生まれる可能性がある」「また、中国では中国人民銀行が2015年に人民元建ての国際銀行間決済システム(CIPS)を導入しており、中国や欧米の大手金融機関のほか、日本の金融機関の現地法人が接続している」
ロシアがSWIFTの代わりに、CIPSを「抜け穴」として活用することが想定されるという。そして、西濵氏はこう結ぶのだった。
「ここ数年、世界では中国の『一帯一路』政策を追い風に、中国経済に依存を強める国が広がりをみせているが、ウクライナ問題は『欧米』と『中ロ』の分断(デカップリング)のきっかけになるとともに、各国は今後『踏み絵』を迫られる流れが広がる可能性もある」
(福田和郎)