ウクライナ情勢の緊迫化によって原油価格の高騰が止まらない。プーチン大統領の選択は、せっかくアフターコロナで立ち直りつつあった日本経済にも冷や水を浴びせるものだった。
原油高が私たちの家計に与える打撃は、消費税を一気に1.6%引き上げる負担に相当するという試算もある。
エコノミストたちの分析から、日本経済の行方を見通すと――。
原油高で魚、野菜、穀物、肉の値上げラッシュか
ニューヨーク原油市場では2022年2月27日、欧米各国がロシアの銀行を国際的な決済ネットワークである「SWIFT」(スイフト)から締め出す経済制裁を決めたことから、原油の先物価格が一気に高騰した。
産油国ロシアから原油の供給が滞るのではないかという懸念が強まり、原油価格の国際的な指標となるWTI(西テキサス中質原油)の先物価格は1バレル=99ドル台まで大幅に上昇した。また同日、ロンドン市場で取り引きされている北海産のブレント原油の先物価格も、先週末の1バレル=97ドル台から一時、105ドル台まで上昇した。
原油価格が1バレル=100ドル台に突入すると、日本経済にどれだけ打撃を与えるだろうか。
「消費税率を1.6%引き上げたのと同じで、家計の負担が年3.5万円もアップする」と警告するのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏だ。永濱氏のリポート「深刻化する原油高の影響~ドバイ先物100ドル/バレル推移で来年にかけての家計負担プラス3.5万円/年以上増加~」(2月25日付)の中で、こう試算している。
「今後の原油先物価格が平均80ドル/バレル程度に落ち着くと仮定すれば、今年から来年にかけての家計負担額は年プラス2.5万円程度にとどまる。しかし今年後半の原油価格が平均90もしくは100ドル程度で推移すれば、今年から来年にかけての家計負担をそれぞれ年プラス3.0万円、プラス3.5万円も増加させる計算=図表1参照」
原油価格の上昇は、少し遅れて企業や家計に甚大な影響を及ぼしてくる。永濱氏のリポートのポイントをまとめると、こんな経過をたどるというのだ。
(1)まず、ガソリンや軽油、灯油価格の上昇だ。化石燃料から作られる電気やガス料金も3~5か月のタイムラグを伴って値上がりする。
(2)さらに、原油価格上昇は船の燃料となる重油やビニールハウスの温度調節に使われる業務用ガソリンなどに影響するため、第1次産業にとっては負担増となる。場合によっては、収穫された魚や野菜、果物などの値上がりに結び付く。
(3)一方、ガソリン価格が上がれば代替エネルギーとなるバイオ燃料の需要が増え、原料となる穀物の値段も上がる。ということは、小麦の価格が上がれば麺やパンも高くなる。大豆が上がれば大豆製品や調味料も上がる。トウモロコシが上がれば家畜のえさを通じて、肉や乳製品の値上がりも誘発される。
しかも、原油価格はなかなか下がりにくいようだ。それは......。
(4)冬でまだ気温が低い現在、経済規模の大きい北半球で暖房需要が大きいため、急激な原油価格の下落は想定しにくい。当面の間、企業は原油高に伴う負担増を強いられる。
こうしてさまざまな物価が上がるシナリオが考えられるわけだが、それは「原油価格が100ドル/バレル台の水準で推移すれば、消費税率1.6%引き上げと同程度の負担増が生じることを意味する」と永濱氏は説明するのだ。
「円高・株安・原油高」のトリプルパンチが日本を襲う?
物価が上がれば人々は消費を控えるから、経済成長率も鈍化する。その比率を永濱氏はこう試算した。
「今後の原油先物価格が平均80ドル/バレル程度に落ち着くと仮定すれば、今年の経済成長率をマイナス0.14%ポイント程度押し下げるにとどまる。しかし(中略)平均90もしくは100ドル程度となれば、今年の経済成長率をそれぞれマイナス0.19%ポイント、マイナス0.23%ポイントも押し下げることになる」
ところで、ウクライナ情勢がさらに悪化して、今後1バレル=100ドル台をさらに超えたらどうなるのだろうか。
この疑問を考えるうえで、2008年に原油価格が史上最高値を付けた経験を参考に、今後の日本経済の行く末に懸念を表すのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
ちなみに、2008年の史上最高値とは、イスラエルがイランの核開発施設を急襲するという情報が流れ、ニューヨーク原油市場のWTI価格が一気に1バレル=147ドルにまで急上昇した「事件」のこと。今後、ウクライナ情勢の展開次第では、こんな突発的な事態が起こらないとはいえないだろう。
木内氏のリポート「ロシアのウクライナ侵攻本格化で日本経済に『円高・株安・原油高』のトリプルパンチ。GDP1.1%低下も」(2月25日付)の中では、情勢が急激に悪化した場合の日本経済への影響をこう述べる。
「まず原油高の経済への影響を起点に、その影響の予想がリスク回避傾向を強める金融市場で円高と株安をもたらす、との流れで考えてみよう」「WTI原油先物価格が、2008年についた史上最高値の1バレル140ドルまで上昇するとしよう。昨年につけたピークの80ドルを上回る部分が、ウクライナ情勢の影響を受けていると仮定すると、2月24日に97ドル程度の原油価格が140ドルまで上昇する場合には合計で75%程度の上昇となる」
2008年、原油価格が史上最高値を付けた時は、株価は高値から安値まで17%も下落した。また同時に、ドル円レートも15%上昇した。つまり、「円高・株安・原油高」のトリプルパンチが日本を襲ったのだ。
この時を参考にして、ウクライナ情勢によって原油価格が75%上昇、株価が17%下落、円は対ドルで15%上昇すると仮定した日本経済への影響について、木内氏はこう試算した。
「75%の原油価格はGDP(国内総生産)を0.23%押し下げ、17%の株価下落はGDPを0.19%押し下げ、15%の円高は、GDPを0.69%押し下げる。合計ではGDPが向こう1年程度に1.11%押し下げられる計算である」
このため、木内氏によると、せっかく今年4~6月期以降は感染リスクの低下とともにプラス成長に戻ることが見込まれているのだが、
「既往のエネルギー価格の高騰の悪影響に、上記のウクライナ情勢による『円高・株安・原油高』のトリプルパンチの影響が加わることで、その回復力はかなり削がれることになりそうだ」
と指摘している。
賃上げ機運盛り上がりつつあった春闘に冷や水
木内氏と同じく、「原油高は、4月以降のアフターコロナの展望に冷や水を浴びせる」と懸念を示すのは、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。熊野氏のリポート「ウクライナ問題と日本経済~アフターコロナに冷や水~」(2月22日付)のなかで、「WTI価格が1バレル100ドルの大台を抜く可能性は十分にある」と危険性を指摘する=図表2参照。
熊野氏が特に強調したのは、ようやく日本経済にアフターコロナが見通せるようになり、賃上げの機運が盛り上がりつつあった春闘への悪影響だった。
「次なる変異株の登場がなかりせば、4月以降はアフターコロナを展望することが可能かもしれない」「タイミングが本当に悪いのは、現在が春闘の時期だからだ。経営者の心理は、ウクライナ情勢がさらに悪化して、最悪の事態になることを警戒する」「その不透明感は、春闘におけるベースアップ率を低めにしておきたいという慎重さへとつながる。岸田首相の唱える3%超の賃上げも、なかなか実現できない」
そして、「日本がデフレ脱却のチャンスを掴めそうなのに、ウクライナ発の地政学リスクがその行く手を阻むのである」と嘆くのだった。
(福田和郎)