「年収550万円の正社員を手放すのはもったいないですか?」
3人の子を持つ40歳女性の投稿が炎上気味になっている。福利厚生のいい会社に勤めているが、「仕事にヘトヘトに疲れたからやめて専業主婦になりたい」というのだ。
「家事を外注してでも頑張ってやめないで!」と応援する声と、「子どもとの時間も大切。やめていいよ」と共感する声とで賛否激論だ。専門家に聞くと――。
「女性活躍推進叫ばれてきたが、働きやすくなっていない」
<「年収550万円正社員手放す」...仕事に疲れ、専業主婦になりたい女性の投稿炎上! もったいない?やめてもいい? 専門家に聞いた(1)>の続きです。
――今回、正社員の女性が辞める選択に追い込まれる葛藤がテーマですが、その問題について川上さんが研究顧問をされている、働く女性の実態を調査している「しゅふJOB総研」で調べたことがありますか。
川上さん「仕事との向き合い方には、多くの女性が葛藤を抱えています。昨年(2021年)終わりごろ、女性が働きやすくなった実感があるか、主婦層を中心とする就労志向の女性に2021年を振り返っていただく調査をしました。
◇働く女性の2021
この調査結果を見ると、あれだけ女性活躍推進と言われてきたにもかかわらず、8割近い女性が『働きやすくなった実感はない』と答えています。女性が働きづらいと感じる理由はさまざまですが、主婦層の場合は仕事と家庭の両立がしづらいことが大きな要因の1つです。しかし、投稿者さんも同じなのかどうかはわかりません。
投稿内容を見る限り、投稿者さんは仕事に一所懸命打ち込み、頑張ってきた方のようです。しかし、今の状況は、その仕事を楽しめなくなっています。さらに激務であるために、気持ちにかかる負担が日増しに大きくなっているようです。また、夫は家事育児に協力的とのことですが、『協力的』という言葉が出るということは、そもそも家事育児のメインは投稿者さんなのだと思います。知らず知らずのうちに、家事育児の疲れが蓄積している可能性もありそうです。
子どもとの時間が少ないことが気になる一方で、せっかく子どもたちと過ごせる土日にはぐったりして余力がない状況は、投稿者さんが自覚している以上に、心身の疲労が溜まっているように感じます」
「子どもが幼い時、共に過ごす時間は二度と戻ってこない」
――回答者の中には、少数ですが、「お金や働くことだけが幸せではない。子どもが小さい時に一緒にいる、かけがいのない時間も大切だ」と、仕事をやめることに賛成する意見があります。
川上さん「退職するのも1つの選択肢だと思います。目先の収入ももちろん大切ですが、子どもが幼い時期を共に過ごす貴重な時間は、二度と戻ってはきません。その時間の価値は金銭に代えられるものではなく、もし後々になって時間を戻したいと思ったとしても、何億円積もうが不可能です。
また、投稿者さんがストレスを溜め続けることで体を壊した場合は、否が応でも仕事から離れざるを得なくなります。疲れ切った果てに退職し、復帰する意欲まで失ってしまうと、将来に向かって収入が断たれることになります。限界を迎える前に一度リセットする時間を持つことは、短期的には収入減になったとしても、長い目で見た時には経済的にプラスになる可能性もあります」
――なるほど。実際にキャリアを辞めた体験者の中には、「ちょうど子どもに手がかかるときに専業主婦になれてよかった」という声もありますね。
川上さん「専業主婦だからこそ、時間や心に、よりゆとりを持って子どもたちと接することができるという人はいます。一方で、仕事を持っている分、子どもたちにも任せるべきは任せて自立心を育てたいという人もいるはずです。どれか1つが正解ということではなく、それぞれの選択にそれぞれのよさがあるのだと思います」
「年収500万円超の給与を得る女性は12.1%」
――しかし、多くは「年収550万円の正社員をやめるのはもったいない」「子どもが3人では、夫1人の収入では厳しい」「夫に万が一のことがあったらどうする」という意見です。
川上さん「金銭面を考えると、常に心配はつきまといます。辞めるのはもったいないという意見は、辞めてから後悔してほしくないと考える人たちによる、親身なアドバイスだと思います。また、国税庁の調査(2021年9月発表の民間給与実態統計調査)によると、2020年の女性の平均給与は296万円で、500万円超の給与を得た女性は12.1%しかいません。550万円という給与を得ることがそれだけ貴重であることも影響しているように思います」
――やめてほしくない人たちから「家事を外注しよう」「時短の正社員になろう」「福利厚生のいい会社なら、有給休暇や育児休業を大いに活用しよう」というアドバイスもありました。
川上さん「退職せずに心身の負担を減らすことを考えた時に、いずれも有効なアドバイスだと思います。福利厚生が充実しているとのことですので、社員に働きやすい環境を提供することの重要性を理解している会社のようにお見受けします。 思い切って、上司や人事の窓口に相談してみるのもよいと思います。上司や人事には、社内にはオープンになっていないクローズドな情報が集まっているものです。新たな観点からの助言や、自分が持つ情報だけでは知りえなかった新しい選択肢が見えてくる可能性もあります」
――また、婦人科系の病気を心配する声もありますね。
川上さん「なぜ自分は仕事に前向きになれなくなっているのか、原因となっている要素をあらゆる角度から探ることはたしかに有意義です。自分のことをよくわかってくれているかかりつけ医や心療内科など、医学的見地からの意見を聞くことで、客観的に自分の状態を確認できる利点があります。自分は病気なのだろうか、と身構えるというよりは、今の自分の状態を知るための情報収集というスタンスで良いのだと思います」
「信頼する家族と一緒に乗り越えていくのが尊い選択」
――「やめるか」「頑張って仕事を続けるか」......。川上さんならズバリ投稿者にどうアドバイスしますか。
川上さん「投稿者さんの夫はしっかりと収入を得てくれています。貯えもあり、退職することですぐに家族が路頭に迷うという状況ではないはずです。心配しているのは、今日明日のことではなく、将来に向けてどうなっていくかだと思います。そう考えると、未来を完全に読み切って間違いのない選択をするということは不可能です。どうしても不確定要素は残ってしまいます。
つまり、逆側から見れば、会社を辞めても頑張って仕事を続けても、よい選択にできる可能性がどちらにもある、ということです。何が正解かを見いだそうとしても答えは出ません。自分はどうしたいか、そして、選択した後はその選択を正解にするために、何をすればよいか考えることが大切なのではないでしょうか」
――なるほど。どちらの道を選んだとしても、何をするべきかが大切だ、と。
川上さん「一番心配なのは、投稿者さんの心身のストレス状況です。頑張れば頑張るほど、『自覚なき疲労』が溜まってしまいます。自分にとって何が負担になっているのか。夫や家族など、周囲の方々の力も借りて、ご自身の状態を客観的に把握し、負担の棚卸しをしてみていただきたい。
また、いま悩んでいる状態は、心身に何らかの異変が生じていることを知らせるシグナルかもしれません。必要であれば、遠慮なく夫や子どもたちにも頼ってよいと思います。負担や迷惑をかけてしまうなどと考える必要はありません。
逆に、投稿者さんご自身が、悩んでいる夫や子どもたちから頼られたとしたら、負担や迷惑などと思わないのではないでしょうか?自分でなんとかしようと頑張るのも立派なことですが、信頼する家族と一緒に乗り越えていくのもまた、尊い選択なのだと思います」
(福田和郎)