産業・社会に破壊的イノベーションもたらす「量子技術」開発 政府は支援強化...実用化「加速」めざす

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   量子力学の原理を利用した量子技術の開発が活発化している。

   これを利用した量子コンピューターは、現在のスーパーコンピューターで1万年かかる問題を3分で解いてしまうという破壊的な性能を持つ。それだけに、産業はもちろん、安全保障にもかかわり、世界の力関係にも大きな影響を及ぼしかねない。

   日本も政府が2020年に定めた「量子技術イノベーション戦略」の改定に乗り出すなど、国を挙げての技術開発、産業育成を進める方針だが、先行する米中などには水をあけられているだけに、どこまで巻き返せるか。

  • 量子コンピューターは産業界でさまざまなかたちで応用可能だ
    量子コンピューターは産業界でさまざまなかたちで応用可能だ
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情報改ざん防ぐには「量子暗号」技術がポイント

   量子とは、原子レベル以下の小さな物質やエネルギーの単位だ。代表例が電子や光の最小単位である「光子」がある。現在の通常のコンピューターは電子があるかないかで「0」と「1」を表現し、「2進法」を計算に使っていることは多くの人が知っているだろう。

   これに対し、量子コンピューターは、量子力学的な現象を利用して「0でもあり1でもある」という「重ね合わせ」を作る。それにより、多数の計算を並列して処理することが可能となり、高速の計算ができるのだ。

   量子技術の中心が、この量子コンピューターの開発。これまで稼働が発表されているものは、カナダD-Wave Systems社の「D-Wave」、米IBMの「Q System One」、米グーグルの「Quantum Annealer v2.0」などがある。 グーグルは2019年、最先端のスーパーコンピューターで解くのに1万年かかる問題を3分あまりで解くことに成功したとされるというから、そのパワーがわかる。ただし、いずれも試作段階で、方式も何通りかあり、どの技術が生き残るかはまだわからない。

   もっとも、この量子コンピューターの能力は、現在の暗号を簡単に破ってしまうという問題がある。

   インターネットで第三者に情報を見られないようするほか、情報改ざんを防ぐ電子署名、ネット通販の決済やICカードなどに幅広く使われる暗号技術は、数学の問題を応用している。そのため従来は、解くのにスパコンでも膨大な時間がかかることで、安全性を担保してきた。だが、量子コンピューターをもってすれば、簡単に解読される恐れがある。

   そこで、量子コンピューターの裏返しとして、「量子暗号」も重要な技術とされる。これは、光子(光の粒)に暗号化したデータを復元するための「キー」を乗せて送受信する。すると、不正に読み取ろうとすると光子の状態が変化してしまうため、情報漏えいが防げるというものだ。

   量子コンピューターが実用化されても、量子暗号で情報は守られるという表裏の関係になるわけだ。

政府も前年度2倍超の約800億予算で後押し

   量子コンピューターのすさまじい計算能力は、さまざまな分野で活用可能だ。人口知能(AI)は自ら学習を重ねて「知能」を高めるから、計算速度のアップはAIの能力を飛躍的に高める。

   たとえば、創薬で成分の有効性の見極め、金融のリスク管理、さらにエネルギー分野では次世代バッテリー、新素材の開発、再生可能エネルギーの効率化など、複雑な計算が必要なもので力を発揮しそうだ。もちろん、他の先端技術同様、軍事にも応用が見込まれる。

   民間では、独フォルクスワーゲン(VW)がタクシーのような自動車を使った都市交通サービスの研究を進め、欧州のエアバスは航空機の故障の原因などを特定する際の分析への活用を研究しているという。

   日本ではとくに量子暗号で、東芝が21年8月、膨大なゲノム情報をネットワーク経由で安全に送る実験に世界で初めて成功。また、22年1月には量子暗号通信を金融取引で使う検証実験に成功するなど、世界の先端を走っている。

   こうした民間の力を結集しようと、東芝、NEC、トヨタ自動車、NTT、日立製作所、富士通、みずほフィナンシャルグループ、東京海上ホールディングスなど大手24社は2021年9月、「量子技術による新産業創出協議会」を設立。量子技術の動向や応用できる分野についての調査などに動いている。

   政府も国として量子技術の開発を後押しする姿勢を明確にしている。

   「量子技術イノベーション戦略」について、有識者会議で検討し、今年(22年)6月をめどに改定版を決める方針だ。これまで大学などでの基礎的な研究が中心だった技術の実用化の加速をめざし、産業育成に力を入れる考えだ。

   2022年度予算案に、量子暗号通信網の構築をめざし、人工衛星を介した量子暗号通信の研究開発などの事業費27.5億円を盛り込むなど、量子技術関連予算を前年度の2倍超にあたる約800億円に積み増した。

日本に有力な技術はあるが、装置開発で遅れ

   ただ、海外に比べ後れは明らかだ。

   米国はIBMやグーグルなど民間の技術開発が活発なのに加え、国としても2019年からの5年間で最大13億ドルを投じる。

   中国は1兆円超とされる資金を投じた研究拠点の整備(安徽省)のほか、北京―上海間に2000キロメートルに及ぶ量子暗号通信網を築き、さらに拡大すると伝えられるなど、国を挙げて開発を強化する。

   欧州では英国やオランダが国際的な研究拠点を置いて、民間資金を呼び込んでいる――といった具合だ。

   日本は先述の東芝の量子暗号技術など、有力な技術も部分的には持つが、それを生かす装置の開発などで遅れを取る。量子コンピューターでも理化学研究所などが心臓部になる半導体チップの高精度な操作に成功するといったニュース(22年1月20日朝日新聞電子版)など、個別には成果もあげているが、自前でコンピューターとして組み上げるには至っていない。

   民間の調べで量子技術関連の特許は中国3074件、アメリカ1557件に対し、日本は750件と、水をあけられている。

   政府は新戦略の策定と予算措置で巻き返しを図るが、財政状況の厳しさもあり、民間資金を動員した官民挙げての取り組みが重要になる。(ジャーナリスト 白井俊郎)

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