世界で加速する「脱炭素経営」 日本を元気にするビジネスチャンスの可能性は? CDP Worldwide-Japanジャパンディレクターの森澤充世さんに聞く

提供:RX Japan

   世界で加速する「脱炭素経営」に向けて、銀行や投資家も目を光らせている。経営戦略に脱炭素の観点を盛り込むことも不可欠となりつつあるなか、資金調達の面でも企業の「脱炭素経営」は必須のキーワードなのだ。

   しかも、かねてから取り組んできたグローバル企業、大企業のみならず、サプライチェーン全体での「脱炭素」が求められる時代になって、中小企業にとっても自社の「生き残り」をかけた取り組みが加速しそうだ。

   今回は、企業や自治体への環境情報の開示を促す取り組みで存在感を高める国際NGO「CDP」において、日本での活動推進ではやくから手腕を発揮してきた森澤充世(もりさわ・みちよ)さん(一般社団法人CDP Worldwide-Japan ジャパンディレクター)に、脱炭素と脱炭素経営の絶えず変化する潮流、日本企業への期待について話を聞いた。2022年「脱炭素経営EXPO 春展」 の特別講演にも登壇するキーパーソン、森澤さんは日本がこの潮流から乗り遅れないように、と願う――。

  • 一般社団法人CDP Worldwide-Japanジャパンディレクター 森澤充世さん
    一般社団法人CDP Worldwide-Japanジャパンディレクター 森澤充世さん
  • 一般社団法人CDP Worldwide-Japanジャパンディレクター 森澤充世さん

CDPを通じて情報開示する企業...世界約1万3000社

――CDPはどのようにして設立され、また、どのような活動をしているのでしょうか。

森澤充世さん「CDPは、『社会的責任投資の母』と呼ばれたテッサ・テナントさんら数人の有志によって、イギリスで2000年に設立されたNGOです。気候変動による地球への影響、その課題解決に向けてCDPは、銀行や投資家が投資判断をする際、企業の気候変動への取り組みも、判断基準として盛り込もうと考えました。そこでCDPが、投資家の署名(賛同)を受けて企業に質問状を送り、得られた回答を公開する、という活動を始めたのです。初期段階では、時価総額世界の上位500社である『グローバル500』を対象としていました。2006年には日本での活動拡大に向けて、私が参加することになったのです」

――日本での活動は森澤さんがリードされてきました。その手腕もあって、CDPを通じて環境情報を開示する企業は年々増えていますね。

森澤さん「おっしゃるとおりで、2021年度は世界の約1万3000社がCDPを通じて情報開示しました。昨年度よりも35%の増加、2015年の『パリ協定』以降では141%以上の増加です。日本は900社近い企業が回答しました(※)。CDPの質問書は『気候変動』『フォレスト』『水セキュリティ』の3分野があり、『A』から『D-』までのスコアを付けています。日本は3分野あわせると『Aリスト』企業が75社で、世界最多。3分野すべてA評価の『トリプルA』を、花王と不二製油グループ本社が獲得しました」

※署名機関および顧客企業からの回答要請に対して回答した企業数。署名機関からの回答要請は、これまでTOPIX500の企業に送付してきたため、まだ参加していない企業もある。なお、2022年4月に控える東京証券取引所の市場再編後、実質最上位となる「プライム市場」上場企業には、気候変動リスクの情報開示が義務づけられるようになる。さらにCDPでも、プライム市場上場企業の全1841社を調査対象とする。
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――CDPの質問書に回答することにはさまざまなメリットがあります。

森澤さん「自社の状況を把握するのにも役立ちます。しかも、毎年継続する――この意義は大きいと思います。『急に情報開示と言われてもできません』というのはよくある話ですが、私たちは『できるところだけでも開示してください』と促しています。なぜなら、情報開示に向けて、情報を整理するなかで、自社の活動に何が足りないか、何をしなくてはいけないか、気づくきっかけになるからです。確実に、翌年以降の改善にもつながるでしょう。
   また、スコアによる評価があるのもポイント。結果を見て、自社が『良い』と評価されるためには、何をすべきかが見えてきます。CDPではスコアリング基準をすべて公開しているので、それも参考になると思います。そして、できていなかったところを見直す――いわば、PDCA(Plan→Do→Check→Action)のサイクルのようなものとして活用してほしい、そんな狙いもあります。
   ちなみに、質問書は世界の動きにあわせて、絶えず見直しています。とくに、金融安定理事会が『気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)』(※)を2015年に設置し、2017年にTCFD提言を発表した以降は、これに準拠したものとなっています。たとえば、TCFDの開示項目とCDP質問書とのマッピング(双方がどの開示項目にあたるか)がなされています。そのため、TCFDに沿った情報開示が求められた際には、CDP質問書に回答した知見が役立つなど、相乗効果があると思います」

※企業の気候変動への取り組みや影響に関する財務情報についての開示のための枠組み。

CDP「Aリスト」企業には、優遇金利与えられる動きも

――現在の脱炭素、脱炭素経営を取り巻く環境を教えてください。

森澤さん「2015年の『パリ協定』では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度未満(できるだけ1.5度未満)に抑えるという内容でしたが、ここ最近は『1.5度目標』がトレンドです。たとえば、環境イニチアチブの『Science Based Targets(SBT=科学的根拠に基づく目標)イニシアチブ』による認定基準は1.5度重視。これまで『2度目標』で目標を定めていた企業は、見直しが迫られています。いちはやく対応した日本企業もありますが、多くは変えなければならない状況です。場合によっては『中期経営計画』を変更する動きもあるほどです」

――でも、変えなければ世界の動きについていけませんし、それこそCDPの「Aリスト」がとれないことにもつながります。

森澤さん「そういうことです。こうした変化の時代のなか、パラダイムシフトを起こしていくには、やはりトップダウンで推し進めることが大事だと思います。
   関連する話として、私たちが毎年おこなう『CDP 2021 Aリスト企業アワード』には、できるだけトップに登壇してほしい、とお声がけしています。なぜか。質問書への回答の取りまとめは担当部門が取り組むにせよ、その内容をトップがどれくらい理解しているか、私たちは注目しているからです。そして、すばらしいと思うのは、連続してAリストをとる企業のトップは、次第に自分の言葉で語れるようになってくることです。すると、課題意識を抱えたトップが自ら気づき、主導して、脱炭素を踏まえた経営戦略として落とし込みやすくなるのです。
   もちろん、脱炭素経営の推進は、投資家の評価にもかかわります。このところ日本でも、銀行がCDPのAリスト取得企業に対して、優遇金利を与える動きが進んでいます」

――世界が1.5目標で進むなか、サプライチェーンの一翼を担う中小企業にも「脱炭素経営」は求められます。

森澤さん「スマートフォンメーカーなどは、サプライヤー(部品の供給元)に対して、100%再生可能エネルギー(再エネ100%)で製造することを求めていますね。ということは、サプライヤーの立場からすると、再エネ100%に対応しなければ取引ができない、ということが言えそうですね。サプライチェーン全体での脱炭素(CO2排出量の削減)の動きは広まってきているので、ほとんどの企業は再エネを使う方向に進まざるを得ないと思います。いろんな企業と取引するために、もっと言うと競争のなかで生き残るためにも、脱炭素の取り組みが必須。事業を進めるうえで前提となる、脱炭素を踏まえた経営戦略にもとづく『脱炭素経営』は不可欠だと思います」
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――日本での再エネ活用はもっと広まっていきそうでしょうか。

森澤さん「日本で再エネ調達の需要は高まっていますので、課題は供給がどう変わっていくかだと思います。率直に言えば、価格は安いほうがよい。海外では再エネの方が安いものの、日本はまだ高いのが現状です。技術革新なども踏まえて、この状況が変わっていくことに期待しています。
   一方で、日本にはさまざまな再生可能エネルギーを利用できる可能性がある、と私は思います。たとえば、世界有数の火山国である日本は、地熱資源が豊富です。なんとか利用できないか、期待が大きい分野です。島国の日本は洋上風力も向いているでしょう。バイオマス(動植物などから生まれた生物資源)もそうです。木質バイオマスなどは、間伐材(不要となる木材)を利用します。海外から安いバイオマスを輸入するだけではなく、森林国でもある日本の特性を生かした資源の活用方法もあると思います」

――技術革新への期待は大きいのですね。

森澤さん「日本の特性を生かした再エネ活用は、地域ぐるみで取り組めると思います。私が描くビジョンに、『中小企業や地域などとの連携による、サステナブルな社会構築』があります。これは、再エネ導入に向けて、その地域にあった戦略を自治体が立てる。それに対して、企業や銀行も一体となって取り組むことで、地域の発展につなげていくというものです。成功例が出れば、国内ではもちろん、世界中の国や地域でも展開できるとともに、大きなビジネスチャンスを秘めていると思います」

――ありがとうございました。

   企業の「脱炭素経営」のヒントとなるソリューションが一堂に会するイベントが、国内最大規模の脱炭素経営に特化した専門展「脱炭素経営EXPO」だ。「脱炭素経営EXPO 春展」が2022年3月16日~18日、東京ビッグサイト(東展示場)で開催する。今回は、共同出展を含め、約120社が出展する見込みだ。
   脱炭素の潮流や先進事例などを取り上げる講演やセミナーも実施。森澤さんも「特別講演」に登壇して、「脱炭素経営の世界の潮流」について詳しく話す。



【プロフィール】
森澤 充世(もりさわ・みちよ)

一般社団法人CDP Worldwide-Japan ジャパンディレクター
PRIシグナトリ―リレーション ジャパンヘッド

シティバンクなどで金融機関間決済リスク削減業務に従事したあと、2006年CDPの世界的拡大にともない、日本担当としてCDPに参加する。2010年PRIの日本ネットワーク創設にあたり、日本の責任者として参加する。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程終了、博士(環境学)。環境省、経済産業省、金融庁の委員、ジャパンタイムズESGコンソーシアム座長、日経新聞脱炭素委員会委員。


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